世継ぎで舞姫の君に恋をする

41、婚約者候補2

リリーシャ姫は、王子のことを知りたいといって、この数日、どこに行くにしてもぴったりと付いていた。
といっても室内でのトレーニングを見学ばかりして、姫は日に日に、退屈してきているようだった。

その姫の後ろには無言の護衛が立つ。

先日も、事件は既に起こっていた。
王子に用事があり、サニジンは資料片手に姫の側から近づく。
その手にもった資料がバッサリと切られた。鼻をすれすれで掠めた剣の歯が、前髪をはらりと落す。

「これはどういうことですか!」
ジプサムは仰天する。
姫は平然としている。

「ショウ、明らかな敵意がない限り大丈夫よ。
そちらも不用心にも後ろから近づかないでくれる?トルクメならばっさり切られてもおかしくない状況よ?わかって?」

普段余り怒りをあらわすこともないサニジンではあるが、なわなわと半分になった資料を握りしめた。

「申し訳ございません」
サニジンは謝る。理不尽であっても、謝ってその場が収まったらいいと思う。

だが、ジプサム王子は引かなかった。
「いや、サニジンは悪くない!
この安全を確保された離宮でぶっそうな物を振り回すのならば、護衛かなにかしらんが、その者の武器を預からせてもらう!」
騒ぎを聞き付けて、ギースやブルースなど騎士たちが武器を手に駆け寄った。

「彼は護衛が仕事よ?」
リリーシャは強い語気に眉を寄せる。
武器を持つ王子の騎士たちは物騒であった。
リリーシャにまだ自分はジプサム王子の婚約者でもなんでもないことを思い出させる。
まだ自分は王子の心をつかんでいない。

ふんっとジプサムは鼻で笑う。
「あなたは、父に言われてわたしと結婚する予定でここに来たのだろう?
そのベルゼラの王子であるわたしが、この離宮内は安全であると言っている。
危険な者は誰一人いない!
だが、武器を使うならこちらも相応にさせてもらう!
それを信じられないのなら、終の祖国をベルゼラとする覚悟がないというのと同じ。
リリーシャ姫には今すぐにでもお帰りいただいても良いのだが?」
リリーシャは慌てる。
ここで放り投げられたら、自分の目的も達せずに終わってしまう。
誰が第一王子が意思のない坊ちゃん王子といったのか。

「ショウ!剣を預けなさい!ここは安全です。わたしにつく必要はありません!」
「ですが、、」
「体もなまるでしょう。彼らと一緒に鍛練なさい!」
そうして、護衛も鍛練に混ざることになったのだった。

リリーシャは、夕食の席に身分も関係なく全員が同じテーブルに座るのに驚く。
そして、ざっくばらんな会話で盛りあがる庶民の食卓のような雰囲気に、むっつりと無言でいただく。
ジプサム王子は礼儀的に初めは話しかけるが、あとはリリーシャを構わない。
リリーシャは次第に、王子の視線が一番遠くに座る、女のような顔をした側仕えに向けられることに気がついた。
それも一回や二回ではない。
そう思って見てみると、王子の止まった視線の先にはその側仕えがいることが多かった。

先日の朝からの、羊の乳絞りから始めて、バター作りで羊の革袋でがしゃがしゃしていた時のこと。
ジプサム王子が昼前に様子を見に来たのも、リリーシャに会いにきたというよりも、この側仕えの様子が気になって見にきたのかもしれないと思うのだ。

「わたしもやらせてくれ!そんなに簡単にバターって出来るのか!?」

など言いながら、ユーディアから手渡しで革袋を受けとったその手が、側仕えの手に触れてふたりの視線が絡まらなかったか?

王子はしばらく振って、次はリリーシャと思っていたが、ジプサム王子は革袋をユーディアに返してしまった。

リリーシャに対しては、
「こんなことさせて申し訳ないな。なんにもないところだから」
と、お詫びの言葉だけ。

リリーシャはユーディアを改めて見る。
体の細い、女のような美しさの備えた側仕えであった。
この側仕えは、騎士たちからも人気があった。
特に、蛮族出身を隠しもしない褐色の肌の男。
それから、機嫌の良し悪しのすぐわかる、一番強そうなルーリクという男も、側仕えにぴったりである。

リリーシャは口の軽そうなジャンに聞く。
ジャンは騎士候補ではなく、厨房の少年で扱いやすそうに思える。

「あの側仕えは王子とどういう関係なの?正確に教えてほしいんだけど」

ジャンは、話しかけられてびくっとする。
「ユーディアのことなら王子に聞けよ」
ギロリと大きな眼が睨む。
ジャンはトルクメの姫の殺気に、慌てて言い直す。
彼女は王子に対する態度と、自分に対する態度が違いすぎる。
ジャンの苦手な、一番多いタイプの王族だった。

「モルガン族出身の王子の奴隷だ。
先のモルガンとの戦で捕虜となり、王子に史上最高額で落札された。王宮では、王子のお気にいりの特別扱いだ」
「特別扱いってどういうこと?」
リリーシャは眉をひそめる。
「王子が特別に目をかけている、ということだよ」
ジャンはいう。詳しいことはこの押し掛け姫に言いたくない。

リリーシャは国では並ぶもののなき愛らしく美しい姫で通っている。

ベルゼラにはトルクメの同盟の強化のために涙を飲んで我が身を犠牲にするつもりで来ていた。
とはいえ、なにも犠牲になるばかりではない。結婚先は近隣国では最強のベルゼラ国である。
王子が木偶の坊であれば妻となった自分がその手綱を握る。
王子の妻になれないようなら、 まだ35才の若いレグラン王の後宮に入る。
いずれも、権力を握るつもりだった。
外遊にトルクメに訪れたレグラン王も、リリーシャの愛らしさを目を細めて称えていたではないか?
リリーシャはその見た目と違い、野心家である。
そして、王子も王も万が一自分になびかないならば、第三のプランを用意している。
そのプランは使うつもりはないのだが。
それは、成功すれば得られるものは大きいかもしれないが、リスクが高い。

王子がこんなに美しい自分をないがしろにするのは、この側仕えがいるからだ、とリリーシャは直感したのだった。
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