世継ぎで舞姫の君に恋をする
42、リリーシャの夜這い
リリーシャは自他ともに認めるトルクメ国では愛らしく美しいと評判の第三番目の姫であった。
その姫が、閉じ込められた空間で、健全な男女がひとつ屋根の下にいて、王子からも、騎士候補たちからも、なんの色目を使われることもない日々を過ごす。
というのもしゃくなことである。
騎士たちがリリーシャの笑顔をみても、何の感動も示さないのは、自分が王子の婚約者候補であり、遠慮されているというのが原因であると思うことにしている。
彼女としては、騎士たちに何度も取っておきの笑顔を見せているし、王子には偶然を装った接触も幾度も試している。
その度に、王子ははっとしたようだが、重なった手をさりげなくどけるを繰り返していた。
ベルゼラ国はその機嫌を損ねると、巨大な軍事力を楯に、トルクメを始め、小国など一捻りすることもありえる、恐ろしい国である。
「ほう?トルクメの第三姫は、いい目をしている!わたしの息子の嫁に来ないか?
ただわたしの息子は、女には興味がないようなんだが。そなたならジプサムの心を得られるか?」
そのレグラン王のきまぐれな言葉で、リリーシャの運命は決まったのだ。
次期王の王子を射止めることが、トルクメの姫である彼女に課せられた指命であった。
リリーシャの父王は選ばれてしまった娘を複雑な思いでみる。
「一番野心的なお前が目に留まったのを良かったと思うのがいいのか?」
「お父さま、第三の姫で、何の役にもたたないわたしが、思いもよらずお国のためにお役に立てる、これ以上ない機会が与えられたのです。
これを利用しないでどうしますか!
トルクメとベルゼラの同盟の強化を図りましょう。もしくは、強国ベラゼラの大黒柱のレグラン王の首をとり、トルクメとリビエラでベルゼラを倒しましょう!」
三つめが第三のプランである。
トルクメは、ベルゼラと対立しているリビエラと表向きは対立しているが、裏では繋がっている。
そして離宮に閉じこめられて2週間目の夜、トルクメの姫は実力行使にでる。
夕食後、温泉に入る。
外にはショウを立たせる。
ここは男女混浴である。とはいっても女性はリリーシャしかいないが。
風呂から上がると一旦部屋に戻る。
金の髪をタオルで押さえ、櫛でとかす。薄手のネグリジェにショールを羽織る。
夜が更けて、寝静まるのを待った。
部屋を出ると、扉横にはショウが腰を落とす。一晩中、リリーシャの扉を守っている。
彼は、誰もが嫌がった、離宮に来ているというベルゼラの王子と会うために、冬の山越えに進んで名乗り上げた、ただひとりのリリーシャ付きの若い護衛であった。
無口であるが、剣の腕が立つ。
生まれは庶民ではあるが、王や姫に気に入られ、身辺警護まで引き上げられていた。
付き人の貴族の娘もいたが、途中で体調が悪くなり、ベルゼラ国に入る前にリタイアした。
お付きの娘は帰れるが、姫であるリリーシャにはその選択肢はない。
同盟国の絆の強化のためには、レグラン王のいうように王子と結婚するか、自分を気に入ったレグラン王の愛人になることでもいいのだ。
「姫どちらに」
ショウは厳しい目をしている。
「ちょっと出るわ。付いてこなくて良いわ」
出るといっても、隣の隣、王子の部屋までである。
「姫、そこまでする必要はありません」
ショウが止める、強い言葉を無視する。
リリーシャは王子の部屋に滑り込んだ。
俗にいう、夜這いである。
リリーシャは二週間待ち、いっこうに来そうにない王子にしびれをきらし、自分から訪れることにしたのだった。
女に興味がないというのは本当かもしれなかった。
王子の部屋は大きい。夜目に慣れるのを待つ。部屋は暖かかった。
大きなベランダに面した窓には、冷気を防ぐための大きなカーテンが掛かる。
ジプサムはベットにうつ伏せに寝ていた。
シーツを被るが肩と腕がでている。
寝息を確認する。
そっと手を置く。
日中に鍛練で疲れている王子は目を覚ます気配はなかった。
耳に口を寄せる。
「ジプサム、、、」
何回か呼ばれて、仰向けになり、薄目を開ける。その目はまだ夢見心地のようだった。
ショールを落し、薄手のネグリジェも脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。
リリーシャはベットに潜り込み、王子の手をそっとつかんで、自分の胸に押し当てた。
「王子、好きです、、」
唇をジプサムに押し付ける。
互いの唇の感触を確かめるような、感じがある。
その時、リリーシャは肩を捕まれ引き離された。
「誰だ。ディア?」
そういうと、ジプサムは正気に戻った。
ディアがここにいるはずがなかった。
「、、、ではないな。リリーシャ姫?」
「恥を忍んで参りました。抱いてください、、」
「いや、、それは出来ない!」
ジプサムは肌に直接押し付けられる温かな体から逃れようと両腕を突っぱり引き離す。
「出来ないとは、女を抱けないということですか!?
わたくしは、美しくないですか?こうしていても抱きたいと思ってもらえないのですか?」
レグラン王は、女には興味のないようだといったが、リリーシャの柔らかな体に絡まれて、その男の印が立ち上がっているではないか?
ジプサムは辛そうに離れた。
シーツをリリーシャに巻く。
「こんなことを姫がしては駄目だ。
はっきりと言わなかったわたしが悪い。
わたしには心に決めた人がいる。その娘を妻にすることしか考えれないんだ」
「レグラン王は、あなたが女に興味がないと言っていたわ」
ジプサムは肩をすくめる。
「わたしは好きでもない女と付き合わないだけだ。何人も妻がいる父王とは違う」
リリーシャの父も複数の妻を持つ。
「子供を残すのは国のために必要なことだわ!わたしは姫である。ベルゼラとトルクメのために、わたしを正妻にしてあなたの好きな娘も妻にしたらいいわ!わたしはそれを許せる。それがトルクメの姫として生れたわたしの使命だし、ベルゼラの王子として果たすべきことでしょう?」
ジプサムは立ち上がった。
明かりを灯す。
「あなたの期待には応えられない。
わたしは第一王子ではあるが、愛する人と一緒になることしか考えられない」
「ひとりしか妻をとらないというの?
わたしを抱けないなら、形ばかりの妻でもいいと言っているのよ?」
ジプサムの義母は形ばかりの正妻で、幸福とは言えなかった。
「あなたをわたしの母のように不幸にしたくはない。
だからリリーシャ姫、諦めてくれ。せっかく雪の中をきてくれたのにすまない。雪が溶けたら、直ぐにでもここを離れよ。
王にはきちんとわたしが説明するし、婚姻を結ばなかったからといって、トルクメとベルゼラの関係が悪くなるということはない。あなたは、第三番目の姫。何にも考えずに、好きな人と結ばれたらいいではないか?」
「あなたは、本当に、ベルゼラ国王子なの、、、?」
悲しくジプサムは笑う。
何度も囁かれた言葉だった。
ついこの前までは、何にもできないお坊っちゃんだといわれていたのだった。
「あなたの心に決めた人はディアという人?」
リリーシャはネグリジェを着直す。
ジプサムはショールを拾い上げてその肩に掛ける。
「そう。彼女はモルガン族の娘で、舞姫だ。一度はわたしの命を狙いに来た。彼女にわたしはチャンスをもらった。
強国を振りかざすのではないやり方での他国との調和の道を。
彼女がわたしの全てを変えた。わたしには彼女しか考えられない」
「あなたのディアはどこにいるの?」
最近は、ディアを思うとユーディアの姿と重なる。
先程も、ユーディアがディアとして来たのかと思ったのだ。
「わからない。彼女は思いがけないときに現れる」
「あなたの好きな人は、あのきれいな側仕えのユーディアかと思っていたわ」
「ユーディアとディアはよく似ている。同じモルガン族だからか」
それを聞き、リリーシャは言わずにはおれなくなる。
「外見がよく似ていて、名前もとても似ている。あなたのディアはほんとうはユーディアではないの?」
リリーシャはディアにあったことはないが、女の直感のようなものだった。
はっきりと言われて、ジプサムは動揺する。
「ディアは女でユーディアは男だ」
ジプサムは扉を開き、リリーシャが部屋を出るのを促した。
「そうなの、、、?」
「ユーディアは昔は男髪をしていた。昔のユーディアを知っている者は、今がどうであれ彼が女だとは思えない」
「男髪?ブルースのような?それだけ?」
ジプサムの胸に疑問の種を撒いた。
リリーシャは出る。
ショウが扉の外で待っていた。
中にいたのはホンの10分ほど。
リリーシャの色仕掛が失敗したのをショウはわかっている。
リリーシャは涙を堪えていた。
姫のブライドも女としてのプライドもずたずただった。
「大丈夫ですか、、」
リリーシャの肩を抱こうとして、ショウは思い止まる。
ショウは庶民の出である。姫に触れることは許されない。
彼女の肩がたとえ、今すぐ強く抱いて!と訴えていてもだ。
その代わりに強く言う。
「ベルゼラの男は唐変木の木偶の坊ばかりです」
「唐変木の木偶の坊!?そうね、そうだと思うわ、ありがとう、ショウ」
ひとりで泣くために自分の部屋に入った。
外にはショウがいてくれる。
ひとりで泣くが、ひとりではない気がする。
失敗したのはリリーシャの問題ではなく、ベルゼラの男が唐変木だからだ、というショウの言葉に心底から慰められたのだった。
その姫が、閉じ込められた空間で、健全な男女がひとつ屋根の下にいて、王子からも、騎士候補たちからも、なんの色目を使われることもない日々を過ごす。
というのもしゃくなことである。
騎士たちがリリーシャの笑顔をみても、何の感動も示さないのは、自分が王子の婚約者候補であり、遠慮されているというのが原因であると思うことにしている。
彼女としては、騎士たちに何度も取っておきの笑顔を見せているし、王子には偶然を装った接触も幾度も試している。
その度に、王子ははっとしたようだが、重なった手をさりげなくどけるを繰り返していた。
ベルゼラ国はその機嫌を損ねると、巨大な軍事力を楯に、トルクメを始め、小国など一捻りすることもありえる、恐ろしい国である。
「ほう?トルクメの第三姫は、いい目をしている!わたしの息子の嫁に来ないか?
ただわたしの息子は、女には興味がないようなんだが。そなたならジプサムの心を得られるか?」
そのレグラン王のきまぐれな言葉で、リリーシャの運命は決まったのだ。
次期王の王子を射止めることが、トルクメの姫である彼女に課せられた指命であった。
リリーシャの父王は選ばれてしまった娘を複雑な思いでみる。
「一番野心的なお前が目に留まったのを良かったと思うのがいいのか?」
「お父さま、第三の姫で、何の役にもたたないわたしが、思いもよらずお国のためにお役に立てる、これ以上ない機会が与えられたのです。
これを利用しないでどうしますか!
トルクメとベルゼラの同盟の強化を図りましょう。もしくは、強国ベラゼラの大黒柱のレグラン王の首をとり、トルクメとリビエラでベルゼラを倒しましょう!」
三つめが第三のプランである。
トルクメは、ベルゼラと対立しているリビエラと表向きは対立しているが、裏では繋がっている。
そして離宮に閉じこめられて2週間目の夜、トルクメの姫は実力行使にでる。
夕食後、温泉に入る。
外にはショウを立たせる。
ここは男女混浴である。とはいっても女性はリリーシャしかいないが。
風呂から上がると一旦部屋に戻る。
金の髪をタオルで押さえ、櫛でとかす。薄手のネグリジェにショールを羽織る。
夜が更けて、寝静まるのを待った。
部屋を出ると、扉横にはショウが腰を落とす。一晩中、リリーシャの扉を守っている。
彼は、誰もが嫌がった、離宮に来ているというベルゼラの王子と会うために、冬の山越えに進んで名乗り上げた、ただひとりのリリーシャ付きの若い護衛であった。
無口であるが、剣の腕が立つ。
生まれは庶民ではあるが、王や姫に気に入られ、身辺警護まで引き上げられていた。
付き人の貴族の娘もいたが、途中で体調が悪くなり、ベルゼラ国に入る前にリタイアした。
お付きの娘は帰れるが、姫であるリリーシャにはその選択肢はない。
同盟国の絆の強化のためには、レグラン王のいうように王子と結婚するか、自分を気に入ったレグラン王の愛人になることでもいいのだ。
「姫どちらに」
ショウは厳しい目をしている。
「ちょっと出るわ。付いてこなくて良いわ」
出るといっても、隣の隣、王子の部屋までである。
「姫、そこまでする必要はありません」
ショウが止める、強い言葉を無視する。
リリーシャは王子の部屋に滑り込んだ。
俗にいう、夜這いである。
リリーシャは二週間待ち、いっこうに来そうにない王子にしびれをきらし、自分から訪れることにしたのだった。
女に興味がないというのは本当かもしれなかった。
王子の部屋は大きい。夜目に慣れるのを待つ。部屋は暖かかった。
大きなベランダに面した窓には、冷気を防ぐための大きなカーテンが掛かる。
ジプサムはベットにうつ伏せに寝ていた。
シーツを被るが肩と腕がでている。
寝息を確認する。
そっと手を置く。
日中に鍛練で疲れている王子は目を覚ます気配はなかった。
耳に口を寄せる。
「ジプサム、、、」
何回か呼ばれて、仰向けになり、薄目を開ける。その目はまだ夢見心地のようだった。
ショールを落し、薄手のネグリジェも脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。
リリーシャはベットに潜り込み、王子の手をそっとつかんで、自分の胸に押し当てた。
「王子、好きです、、」
唇をジプサムに押し付ける。
互いの唇の感触を確かめるような、感じがある。
その時、リリーシャは肩を捕まれ引き離された。
「誰だ。ディア?」
そういうと、ジプサムは正気に戻った。
ディアがここにいるはずがなかった。
「、、、ではないな。リリーシャ姫?」
「恥を忍んで参りました。抱いてください、、」
「いや、、それは出来ない!」
ジプサムは肌に直接押し付けられる温かな体から逃れようと両腕を突っぱり引き離す。
「出来ないとは、女を抱けないということですか!?
わたくしは、美しくないですか?こうしていても抱きたいと思ってもらえないのですか?」
レグラン王は、女には興味のないようだといったが、リリーシャの柔らかな体に絡まれて、その男の印が立ち上がっているではないか?
ジプサムは辛そうに離れた。
シーツをリリーシャに巻く。
「こんなことを姫がしては駄目だ。
はっきりと言わなかったわたしが悪い。
わたしには心に決めた人がいる。その娘を妻にすることしか考えれないんだ」
「レグラン王は、あなたが女に興味がないと言っていたわ」
ジプサムは肩をすくめる。
「わたしは好きでもない女と付き合わないだけだ。何人も妻がいる父王とは違う」
リリーシャの父も複数の妻を持つ。
「子供を残すのは国のために必要なことだわ!わたしは姫である。ベルゼラとトルクメのために、わたしを正妻にしてあなたの好きな娘も妻にしたらいいわ!わたしはそれを許せる。それがトルクメの姫として生れたわたしの使命だし、ベルゼラの王子として果たすべきことでしょう?」
ジプサムは立ち上がった。
明かりを灯す。
「あなたの期待には応えられない。
わたしは第一王子ではあるが、愛する人と一緒になることしか考えられない」
「ひとりしか妻をとらないというの?
わたしを抱けないなら、形ばかりの妻でもいいと言っているのよ?」
ジプサムの義母は形ばかりの正妻で、幸福とは言えなかった。
「あなたをわたしの母のように不幸にしたくはない。
だからリリーシャ姫、諦めてくれ。せっかく雪の中をきてくれたのにすまない。雪が溶けたら、直ぐにでもここを離れよ。
王にはきちんとわたしが説明するし、婚姻を結ばなかったからといって、トルクメとベルゼラの関係が悪くなるということはない。あなたは、第三番目の姫。何にも考えずに、好きな人と結ばれたらいいではないか?」
「あなたは、本当に、ベルゼラ国王子なの、、、?」
悲しくジプサムは笑う。
何度も囁かれた言葉だった。
ついこの前までは、何にもできないお坊っちゃんだといわれていたのだった。
「あなたの心に決めた人はディアという人?」
リリーシャはネグリジェを着直す。
ジプサムはショールを拾い上げてその肩に掛ける。
「そう。彼女はモルガン族の娘で、舞姫だ。一度はわたしの命を狙いに来た。彼女にわたしはチャンスをもらった。
強国を振りかざすのではないやり方での他国との調和の道を。
彼女がわたしの全てを変えた。わたしには彼女しか考えられない」
「あなたのディアはどこにいるの?」
最近は、ディアを思うとユーディアの姿と重なる。
先程も、ユーディアがディアとして来たのかと思ったのだ。
「わからない。彼女は思いがけないときに現れる」
「あなたの好きな人は、あのきれいな側仕えのユーディアかと思っていたわ」
「ユーディアとディアはよく似ている。同じモルガン族だからか」
それを聞き、リリーシャは言わずにはおれなくなる。
「外見がよく似ていて、名前もとても似ている。あなたのディアはほんとうはユーディアではないの?」
リリーシャはディアにあったことはないが、女の直感のようなものだった。
はっきりと言われて、ジプサムは動揺する。
「ディアは女でユーディアは男だ」
ジプサムは扉を開き、リリーシャが部屋を出るのを促した。
「そうなの、、、?」
「ユーディアは昔は男髪をしていた。昔のユーディアを知っている者は、今がどうであれ彼が女だとは思えない」
「男髪?ブルースのような?それだけ?」
ジプサムの胸に疑問の種を撒いた。
リリーシャは出る。
ショウが扉の外で待っていた。
中にいたのはホンの10分ほど。
リリーシャの色仕掛が失敗したのをショウはわかっている。
リリーシャは涙を堪えていた。
姫のブライドも女としてのプライドもずたずただった。
「大丈夫ですか、、」
リリーシャの肩を抱こうとして、ショウは思い止まる。
ショウは庶民の出である。姫に触れることは許されない。
彼女の肩がたとえ、今すぐ強く抱いて!と訴えていてもだ。
その代わりに強く言う。
「ベルゼラの男は唐変木の木偶の坊ばかりです」
「唐変木の木偶の坊!?そうね、そうだと思うわ、ありがとう、ショウ」
ひとりで泣くために自分の部屋に入った。
外にはショウがいてくれる。
ひとりで泣くが、ひとりではない気がする。
失敗したのはリリーシャの問題ではなく、ベルゼラの男が唐変木だからだ、というショウの言葉に心底から慰められたのだった。