世継ぎで舞姫の君に恋をする

43、男のケンカ

ユーディアは午前中はジプサムの鍛練に付き合う。

なんかなんやいっても、騎士と王子とサニジンは、閉じ込められた今、鍛練が仕事である。
王子のお側仕えユーディアは、午後は参加したりしなかったりである。
ジャンは厨房での仕込みが仕事、離宮の守り人のゴメスとカカは、毎日どこかを修繕している。

ユーディアの見るところ、ベルゼラ国王子とトルクメの姫の距離は一向に縮まる様子はないようだった。
昨日まで姫は王子にぴったりついていた。

今日はそうでもないようである。
それに関してはほっとする自分がいる。
うっとうしがられているのがわかったのであろうか?
その代わり、トルクメの姫は今日は朝からちらちらとユーディアを見る。

ユーディアは他の姫をしらないが、彼女のそのつんつんした配慮のない態度も、皆に受け入れられないところかもしれないと思う。誰かを傷つけてしまうことにも無頓着だ。
いつも付き従っている護衛には時折優しい笑顔をみせるようではあったが。

その護衛は、今朝はジプサムと手合わせをしていた。
ガンガンと重い剣をジプサムに打ち付ける。
ジプサムはかなり強くはなっているが、やけに気迫のこもったトクルメの護衛に、必死なようだった。

誰からも構ってもらえず、トルクメの姫は暇をもてあましている。
ユーディアは先日、ゴメスに付いて離宮を回っていた時に、外の倉庫によいものを見つけていた。
視線がばっちり合ったので、思いきってリリーシャを誘うことにする。
「お宝を見つけたので、行きませんか?」

ユーディアが誘うと、基本何もすることのないリリーシャである。キラリと目が光った。
「お宝ですって?いいわよ?」

宝石の原石でも見つけたのだろうか?それとも、銀の食器の箱とか?
アクセサリーの沢山入った宝箱とか?
ここはレグラン王の寵姫の離宮と聞いていた。リリーシャは久々にわくわくする。
というのも、刺激がなさすぎなのだ。
ベルゼラの王子を落とすことも昨晩で終わった。
ここにいるのは温泉もあることもあり、ただの長期休養に成り下がってしまっている。
兎に角暇である。

二人がお昼から訪れたのは、埃の積もった倉庫。
そこには大きな棚が並び、足踏みの織機、卓上の織機などが置いてある。

「ここはレグラン王の妻のリーンさまが使っていたものだそうなんだ。いろいろ揃っているよ。気になるものある?」

ユーディアは、眉をひそめ、埃っぽさに口鼻を塞ぐ姫に言う。

「気になるもなにも、わたしは織ったこともないわ!使い方もわからないし、糸もないんじゃあない?これがお宝なの?」

ふふっと、ユーディアは笑顔になる。

「この中にここで育った羊の原毛がある」
ユーディアは棚の大きな包みを開けた。
中からつんとした臭いのする毛の固まりが出てくる。

「これは一頭刈りをしたもの。包みひとつで一頭分だ。ゴメスが毎年刈ったものをそのまま、ここにおいていたんだ。白もくるくるも、黒や茶などカラーも山ほどあるよ」
リリーシャはちょっとつまみ、汚れと油っぽさに眉を寄せた。

「この臭い!獣臭いわ!」
リリーシャのいう獣の臭いとは羊の臭いをいっているのがここでわかる。
「洗えばきれいになる。織りでなくても、編み物でもできるよ。
モルガン族では美しい織り物や編み物ができる娘は良い嫁になるといわれている。
トクルメでも刺繍だったりパッチワークだったり、良い嫁の条件なんかあるのではないの?」
トルクメなら編み物である。
庶民の娘は沢山手袋を編むのだ。
リリーシャは教養として編み物ならしたことがある。
その授業は退屈だった記憶しかない。

「プレゼントしたら喜ばれるかもね!」
ユーディアがいうと、少しリリーシャは考えたようであった。
まだ二週間は閉じ込められそうである。
雪どけしても、まだ寒い日が続く。
ちょっとしてもいいかなとリリーシャは思う。
「暇潰しにはぴったりそうね!
で、あなたは何ができるの?」
「羊毛を洗ってきれいにし、ここにある糸車を使って毛糸にし、編んだり、織ったりできるよ。そんなに得意ではないけど一通りは。久々だけど」
リリーシャはくるくるの黒い羊毛をつまんだ。
「あなたは本当に男なの?どうしてできるのよ?」
「男でも、基本的なことはできたほうがいいとの姉の判断だ」

リリーシャはユーディアの指を見る。その指は最近の鍛練でボロボロになっていた。
とても女子の手には見えなかった。
ジプサム王子にユーディアは女ではと言ったが、またわからなくなる。

「まあいいわ。どの羊ちゃんにする?」
ユーディアは袋の山を見た。
「気に入ったものを、必要なだけ洗おうか?誰も文句言いそうにないし!」
ユーディアとリリーシャは包みを開き始めた。
離宮での取っておきの暇潰しができたのだった。



ジプサムは夕方、ブルースの肩を引く。
隅に連れていく。
ブルースは今朝からの空気の変化に気がついていた。
リリーシャの護衛のジプサムに対する激しくも冷たい闘志と、一方でジプサムのユーディアに対するよそよそしさ。
朝食の時も、ユーディアに何か言おうとしては止めるを繰り返していた。
ジプサムは挙動不審である。

「なあ、ユーディアのことなんだが、、、」
ブルースの体は以前よりがっしりと、より強くなっていた。食事と鍛練の成果であろう。
それに比べて、ユーディアは線の細いままである。
「ユーディアは男だよな?」
言葉にすると、馬鹿らしい質問に思えた。
だがそれを聞き、ブルースは固まる。
その反応を見て、ジプサムはそわそわする。
馬鹿なことを言ってしまったようだった。
「いや、すまない。昔からユーディアは餓鬼の中でもガキ大将だった。体はお前ほど大きくはならなかったが」

とうとう来るべき時が来たのをブルースは知った。
自分からは教えないが、もしジプサムが聞いてくるなら答えるということを決めていた。

「ユーディアのところは姉が二人。世継ぎの男を望んでいた。
三人目は女の子ではあったが元気な赤ちゃんだったので、世継ぎにと育てられた。
それがユーディアだ。
モルガンでは強く、皆から支持されれば女でも世継ぎになれる。それでわかったか?ちなみに俺は、ユーディアの許嫁だ。
ユーディアが世継ぎを放棄するなら、俺が族長になる。
ユーディアの姉は年始の祭りに一度髪を降ろさせて女踊りを踊らせた。それ以来、ユーディアは女踊りを踊る」
「女踊りを踊るユーディア、ディアか!まさか、そんな、いや、それは、、、」

ジプサムは全身から血の気が引くのを感じた。
恋い焦がれるディアがユーディア自身であるということの衝撃もあったが、なにより女のユーディアが捕虜となり奴隷となる危険を犯したこと。

そして、その女のユーディアはブルースと結婚の約束をしているという事実。
言われてみれば、ブルースはいつもユーディアの盾となり守っていた。

「なぜにベルゼラで男の振りをし続けるなんて危険なことを、、、」

ブルースはイラっときた。
ドンとジプサムを壁に押し付ける。

「それは、お前がひとりでは乗り越えられないかもと思ったからだろ?
自分がついていないと、おまえが己の不甲斐なさに打ちのめされると思ったからだろう?
危険を犯しても、おまえを助けようとしたのだろう?」
「わたしの側にいるのはモルガンのためだと思っていた」
ブルースの眼が危険に揺らぐ。

「馬鹿か?そう思っているならば、ユーディアをお前には渡さない」


ユーディアとリリーシャが騒ぎに気がついたのは、既に始まった後であった。
両手一杯に羊毛をひとまとめにした包みを抱いて、厨房にいく道だった。
厨房なら汚れた原毛を洗えるものがありそうだったからだ。

男たちが、大きく開いた広間の外に向かって、なにやら頑張れ!そこそこ!とか言っている。
ユーディアは渋い顔をしているサニジンの横から顔を出した。
外は雪が積もってはいるが、その中で、雪を蹴散らし、埋もれながら、何かが暴れていた。
なんの野性動物かと思ったが、それはぐちょぐちょになりながら取っ組み合いをする、ジプサムとブルースだった。

「これは、何しているの?」
首を巡らすと、カカもいる。
カカは雑用係でゴメスの手伝いをしているモルガン族の幼馴染である。

「昔からの決着をつけるつもりなんではないか?」
カカはいう。
ユーディアは益々わからない。
わかったのは、ブルースとジプサムが片方が倒れるまでめちゃめちゃに拳をつき出したりしていることだった。

「おだやかな男が馬鹿みたいにケンカするときは、たいてい女がらみねえ。心当たりはないの?」
とリリーシャは言う。

「そういえば、この前レグラン王とジプサムがケンカをしたときは、、、」
ディアである自分をめぐっての殴りあいだった。

雪のために体の自由がきかない中、奇跡が起こる。バランスを崩しながらも繰り出したジプサムのパンチが、同じく雪に足を取られたブルースの頬に決まる。
ブルースは後ろに倒れた。

「ジプサム王子がはじめてブルースに勝ったぞ!!」
わあっと男たちは歓声をあげたのだった。

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