世継ぎで舞姫の君に恋をする

48、レグラン王の提案

歓迎の夕食の準備が進む。
ユーディアもジャンを手伝っている。
普段通りのもので良いとのことであるが、とはいえ王の夕食である。
ジャンも張り切ってしまう。

ジャガイモを剥きつつ、うつらうつらするユーディアを、とうとうジャンは追い出した。
「今日は慣れないスノーシュウをしたんだろう?体も冷えてそうだから、風呂に入って休んでいろ!お前を見ている方が怖い!」
「え、、?でも一人じゃあ大変じゃあ、、」
「大丈夫だって!ゴメスに来てくれって言ってくれ!」
ユーディアはゴメスを見つける。
ゴメスはジャンの手伝いを快諾してくれる。

ユーディアは言われるまま、風呂に入る。
温泉に浸かり手足をじっくり揉みほぐす。スノーシュウは全身、筋肉痛になりそうであった。
スノーシュウの疲労感に、昨晩はあまり寝ていないこともあり、つい湯の中でもうつらうつらしてしまう。

ユーディアは人の入る気配に気がつかなかった。
夕食前のこの時間に他に入る者がいるとは思わなかったのだ。

その者も、湯舟の隅に肩まで浸かるユーディアに気がつかない。

「まあ、誰かいたの?気がつかなかったわ!」
その声でユーディアは目が覚めた。
顔をあげると、湯けむりの向こうにトルクメの姫がこちらを見ていた。


「リリーシャさま!大丈夫ですか?」
ショウが中の異常な気配を察して、風呂場に入る。
湯船に浸かるリリーシャの安全を確認する。そして、湯に肩までどっぷり浸かるユーディアに気がついた。
それを見た瞬間、ショウは声を荒らげる。


「おまえっ。姫と一緒にはいるなんて不届きなヤツ!早く出ろ」
「いや、、わたしは出られない。というか、出るからショウがまず出て?」
必死でユーディアはいう。
ショウは痺れを切らした。
「リリーシャさま、後ろを向いていてください!」

服のままリリーシャの護衛は湯に入りユーディアを引き上げようとする。
防ぎようもなく、ユーディは腕を捕まれた。
引き上げたショウの視線が顔から下にさがり、再び上がる。
その顔が怒りから驚きに変り、ついでに真っ赤になった。

「おまえ、女だったのか!」
「なんですって?」
反対を向いていたリリーシャは振り返った。
そして、ずっときれいな男だと思い込んでいた側仕えに胸があるのを見たのだった。
とうとう、ユーディアは、女であることを隠しきれないことを悟る。

ユーディアはショウの手をほどく。
女に免疫のなさそうなショウはびくっと離れた。
湯に温められたユーディアは内側から発光しているかのように美しい。

ショウは昨晩の、ベルゼラの王子がこの側仕えの後を追って朝まで出てこなかったことを思い出す。
ただのよくある側近との情事だと思ったが、女であるのならリリーシャにはとうてい勝ち目がないように思われた。


「女とは思わなかったわ!すっかり騙された」
リリーシャは吐き出すように言った。


ユーディアは他の騎士たちが二人部屋になっていたが、同じ部屋を一人で使える配慮がされていた自分の部屋へ駆け込む。

部屋にはベットに、自分のものでないドレスが数着、広げられていた。
いずれも長い裾の、美しい女ものの衣装だった。
モルガンの手の込んだ伝統紋様が刺繍されている。手紙が添えられていた。



可愛いディア

あなたが性別を偽り男の振りをしていたことはわたしが離宮に滞在中、これらの服を着てくれたら許すから、これを着てほしい。

レギー



ユーディアはもう、女ということを隠しきれないことを知った。
レグラン王はユーディアが性別を偽り、王子の側仕えとして周囲をだましたことを許すと言っている。
ユーディアは覚悟を決める。
この瞬間から、ユーディアは女になるのだ。
それでジプサムと一緒にいられるかどうかはわからなかったが、トクルメの姫にも知られた今、良いタイミングにも思われた。


一番地味目のドレスに袖を通す。
もう夕食の時間だった。
いつもの広間のテーブルが取っ払われて、ありったけのクッションが持ち込まれていた。


モルガン風にお皿が床に並べる形に置かれている。既に食事は始まっていた。
王騎士たちも若い騎士候補たちも、めいめい好きなところに腰を落ち着けている。
ベッカムはルーリクやクロースを、トニーはブルースとハメスを側に呼んでいる。
久々に部下との再会に沸いていた。


王とジプサムはリリーシャを挟むようにして奥に座っていた。
ユーディアが部屋に入ると、ジャンがすぐに気がついたが、ユーディアを見ると顔を固まらせた。

ユーディアはどこに座るか迷うが、王と視線が合う。


部屋にいる者たちはドレスの娘に気がついた者から、食事の手や、話していた会話が止まっていく。
ルーリクなどは口のなかにいれたものを咀嚼するのを忘れている。

王の帰還にあわせて、かつて離宮の主人であった、モルガン族の最愛の妻が現れたかのような、そんな妖しい錯覚を生じさた。
娘は、視線をそらせられない程、美しい。

ユーディアは真ん中を縫うように歩く。

レグラン王と、リリーシャと、ジプサムの前に行く。

「我妻が現れたかと思った。ユーディア、良く似合う」

顔を満足げにほころばせたレグランは立ちあがり、ユーディアの手を取りその手に唇を押し付ける。

「これで許していただけるのですか?」
ユーディアは全員の視線を一身に浴びて、緊張する。
そして、リリーシャの唖然とした大きな緑の目。

レグラン王は愛しいものを見る目で、ユーディアを見る。
「もちろんだ。あなたはずっとあなただった。愚息の側仕えとしてよく働いてくれた」

レグラン王は自分の側に座らせようとする。
リリーシャとは逆の側に。

その場にいる全員と同様に唖然としていたジプサムは、正気に戻る。
リーンではなく、その美しい娘はモルガン風の衣裳に身を包んだユーディアだった。
ユーディアが王の隣に導かれるのを、黙っていられない。
このまま、昨夜に手にいれたはずの娘を奪われる恐怖に襲われる。

「王よ!その者はわたしと婚約をいたしました!お戯れをおやめください!」
婚約と聞いて、ユーディアはびくっとする。
昨晩はジプサムと愛し合ったが、婚約まではしていない。

「馬鹿をいうな。次期王位を継ぐなら、婚約をするのは、トクルメの姫だろう?」

王は片手で、リリーシャをジプサムに押し付けた。
強い腕に押され、リリーシャは小さく悲鳴をあげる。押されるまま、バランスを崩してジプサムに倒れ込む。

ジプサムは押し付けられた娘を、背にしたクッションへ流す。

「それとも、ユーディアを嬪にし、トルクメの姫を正妻にするか?」

「わたしは、わたしの意思で結婚相手を選びます!あなたのかつて選択したやり方をわたしに押し付けないでください!」

ジプサムも立ちあがり、ユーディアの手を取り、引く。
豪の王と柔の王子は、ユーディアを挟んで火花を散らす。

「この娘を妻としたいならわたしを納得させよ!」

レグラン王は厳しくいい放つ。
だが、すぐに口調をやわらげて、ジプサムをなだめる。

「今夜はせっかく装ってくれたのだ。今日ぐらいわたしの横でいいだろう?
ジプサムとユーディアがわたしを納得させさえすれば、お前たちが結婚することに反対するわけでない」

ジプサムはしぶしぶ引き下がる。
時が止められていたかのように、固唾を飲んで固まっていた男たちは、何事もなかったかのように再び食事を再開する。

だが、ひとり押し黙ったままの者がいた。
すっかりレグラン王にもジプサムにも忘れられた、トルクメの姫だった。






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