世継ぎで舞姫の君に恋をする

50、リビエラ兵

ベルゼラの戦士でもあり、騎士でもある男たちが林間にちらりと姿を現しては林に消える。

彼らが行くのは以前雪崩があったという、ユーディアとレグラン王たちの眼下に続く、ほぼまっすぐすそ野まで木立がない、はば30メートルほどの、斜面をぐるりと回るルートだった。
すそ広がりで広がっている。
その、林がない雪の斜面は、昨日、ユーディアがレグラン王に、進行を遮られたところでもある。

ターンとブレーキの練習の途中に、ユーディアは彼らを探す。

「降りるのは早い!一番先頭はベッカム、王騎士たち、トニー5番手。誰も王子の騎士候補ははいれない!さすが」

ユーディアの視線を追い、レグランはぎょっとする。

「ディアはあんな小さな点が誰だか見えるのか!」
雲ひとつないきりっとした澄んだ空気である。

「目はいいよ。普段は目に入ってくる情報量が多すぎて困るぐらい。
だけど、ここは雪山なので、すみ隅まで見れるところが気持ちいい感じ!
感じが草原と似ているんだ」

ユーディアは180度、眼下に広がる山で起こっていることがすべてが把握できる感じがする。
鹿が雪の上に足跡を残しながら、あちこちを歩いている。立派な角の雄鹿もいれば、別のところには子連れの雌鹿もいる。
ぴょんと跳ねるグレーなウサギもいる。

正確には、動きのあるところに目がいく。
なのでじっとしているものは探しにくい。

「ああ、リーンも目が恐ろしく良かった。草原育ちは2キロ先にいる男女の区別ができるといったな」

森の中で何かがキラキラと反射するのを目の端で捉える。

「ベルゼラで生活していたから視力が悪くなってるかもと思ったけど、大丈夫だったみたい。サニジン!ここに兵が来る予定あったっけ?」
「兵だって?」
レグランとサニジン、ハリルホが同時に反応する。

反射しているのは金属の鎖かたびら。
それらは山を登っているようだった。
レースをしている王騎士たちの先を行く。

「多い!10、20、30、、、100はいる」
「どこの国わかるか?」
「旗を持つものがいる。後ろ足で立つ豹?いやライオン」
王の顔が強張る。
後ろ足で立つライオンはリビエラの旗だった。
「、、、騎士たちは気がついているようすはあるか?」
ユーディアは目を凝らした。
「わからない。リビエラはゆっくりと慎重に林間を上っている。騎士たちはその後ろだ。同じルート上なのでもうじき気がつくはず。
足あとでわかるかもしれない」

「リビエラ兵の、目的地は離宮だな」
ハリルホは王の言葉を訂正する。
「離宮というより、あなたの首です」

それを聞き、レグラン王は楽しそうにわははっと笑った。
ユーディアにはどこが楽しいか全く理解できない。
先頭を行くベッカムが木立のない雪の斜面を渡って登る。そしてさらに登ろうとして止まった。
追い付く騎士たちも留まる。

「ベッカムが気がつき、止まった!みんな止まる!」
「100対20か。数の上ではベルゼラは負けるが、リビエラには雪山がないな!勝機はある」

とレグランが言う。
ユーディアはギクッとする。
「お前たちは声を使わずに会話ができたな?ブルースと会話ができるか?」
ユーディアは目を凝らした。
「ブルースがこちらを向いてくれればできるかも」
「向かせよ!」

ユーディアは考えて、懐刀を抜き、金属の面に太陽の光を反射させ、ブルースの目に当てる。
「ブルースが気がついた。木立のない斜面に出てくる」
ブルースがサインを寄越す。
「リビエラ兵が離宮に向かっている。我らは足止めされている。もと来た道を迂回して、王のもとに行き、先回りをして離宮で迎え撃つとベッカムがいっている、らしい」
レグラン王は笑った。

「何も、離宮を戦場にすることもあるまい?広々としたこの斜面が戦場だ!
ユーディア、王騎士たちにこの斜面の下に誘い出せと伝えろ!」

「レグラン王よ、まずはここに来た理由を聞くべきでは?」
ユーディアは戦がはじまりそうな気配に緊張する。
モルガンの時とちがって、多勢に無勢はベルゼラのほうだったが。

「リビエラ兵は雪の為に国境ラインを越えてしまったことを気がつかないだけかもしれません!
問答無用で戦をしかけるのはお辞めください!」
ユーディアは言う。
同じ歴史を繰り返すのは避けたかった。
レグラン王はそれを聞き、言い直した。

「では、ここはベルゼラ領と伝え、直ちに出ていけと警告せよ!それでもでていかなければ、この下に誘いだせと伝えよ!」

ユーディアはサインを送る。
了解が返る。
ブルースは林に消える。
彼が再び出てくるのを、もしくは状況に変化が現れるのをじりじりと待つ。

「どうだ、、、?」
ヒュン!遠く、空気を切りさくような音。
クロスボウの音だった。
わあっという雄たけびも聞こえる。
キンキンという金属音。

「交渉決裂で始まったようだな」
レグランは山頂に顔を向ける。高いところのでっぱりをサニジンに指す。

「わたしが行った後、すぐに雪崩が起こらないようなら、10カウント後にあれを射ぬけ!お前は雪崩に巻き込まれないように横に移動しろ!ハリルホ、わたしとこい!」
レグラン王は自分のクロスボウをユーディアに押し付けた。


バラバラと王騎士たちが林の間から視界の開けた眼下の斜面に転がりでる。
数人でお互いをかばいながら、沢山のリビエラ兵を林の間から誘い出した。

「いくぞ!!」
王は剣を脇に抱えて、ポンと飛び体を丸めてまっすぐに急な斜面を滑落するように滑走する。
レグラン王のすぐ後に、ハリルホがいく。
数秒で戦の現場に着くだろう。

雪崩の気配はない。
レグラン王のいう通りにサニジンは頂上付近の雪のでっぱりを射る。ポスンと矢は雪の中に吸い込まれるように止まる。
サニジンは続けて、数本射る。

「あんなんではだめだよ!」

ユーディアは固い雪の玉を作り、投げつけた。豪快にでっぱりにあたり、雪山はぼてっと崩れ出した。
はじめはごろごろと雪の玉を落とす。
続いて面ごと、崩れ滑り始める。

ユーディアは王の作戦を理解した。
王は雪崩の斜面にリビエラ兵を誘いだし、壊滅させるつもりなのだと。

沢山のリビエラ兵が眼下でわらわらと王騎士やジプサムたちを取り囲む。
雪崩は起き始めた。
あらかじめ危険であるとわかっている、ベルゼラ側と、雪山に不馴れなリビエラ人との勝負の王が思い描いたその行く方が、ユーディアにもはっきりと見えた。

その瞬間、ユーディアはレグラン王がしたように、ポンと飛び斜面に着地する。そのまま、スカートに風が入らないように膝を折り曲げ体を小さくコンパクトにする。
風の抵抗を最小にし、滑走する。

今だかつて体験したことのないスピードにうまく止まらないと大ケガをするだろうとわかる。
「おい!戻れ!ユーディア!!」
サニジンが驚愕の叫びをあげたが、サニジンの前をなだれる、すでに始まった雪崩の音にわからなくなる。

雪崩がほんのわずか先を行くユーディアを追いかける。


王は途中から立ちあがり、体を斜めに板を斜めにして、ブレーキをかけつつ戦場に参戦した。

レグラン王の登場に、割れんばかりの雄たけびがあがる。
その声は頭上から迫り来る雪崩の地鳴りのような音と混ざりあった。

「引き付けて横に逃げよ!雪崩がすぐ来る!」
レグラン王は王騎士たちに言う。
全員が理解した。
彼らはわらわらと向かってくるリビエラ兵を投げ払う。
そして、逃げるように滑り始めた。


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