世継ぎで舞姫の君に恋をする

52、手紡手編みのミトン (第八話 完)

それから数日の間、リリーシャは運び込まれたリビエラ兵の看護に追われていた。
軽傷者は帰国し、離宮に来たのは動かせない重傷者ばかり10名ほどである。

「なんでこうなったのよ?」
骨折の手当てに、矢傷の消毒。包帯を替え、下の世話もする。

自分の朝食も護衛に運んでもらってきた悠々自適な身分であったのが、離宮を揺らし轟音を響かせた大きな雪崩の後、一変していた。

100名のリビエラ兵は離宮に攻めてくるどころか、重傷者が抱え込まれて運ばれてきた。

広間は急きょ看護室に変わる。
ジャンは看護を断固拒否したのだ。

「俺は食事を作るのが仕事だ!新しいお客さまも、王さまも俺がいないと飢える!
俺より暇なお姫さまがいるだろう!」

ということで、すまなそうに、だが有無をいわさない迫力でサニジンがお手伝いを願いに来て、手伝うことになった。

骨折の治療には痛みが伴う。
リリーシャは、痛みに眠れない男たちに、自分の隠し持っていた、薬草を飲ませずにはいられない。

「ほう?リリーシャは良いものを持っているな!」

レグラン王はリリーシャが飲み物に混ぜた薬草を飲んで、穏やかに眠るリビエラの男をみて言う。
リリーシャはぎくっとする。
この薬草は、第三のプランで使う予定のものだった。

ジプサム王子の妻になれなかったとき。
レグラン王の後宮に入れなかったとき。
その時の第三のプランは、王騎士たちを眠らせて、リベエラ兵を率いれて、リビエラにベルゼラの王の首をとらせるための、薬だった。

それが、単なる鎮痛と快眠を誘うハーブ茶になってしまっている。

「わたくし用のものでしたが、わたくしよりも安眠が必要な方々がおられますので」
「そうか!あなたは、リベリアの兵にはまるで天使のように思われているぞ!なんだか焼けるな!」

「そんなことは、、、」
どうでもいいことです、といいかけて、飲ませようとした器を持つ手を、リビエラの若い男に包まれる。
節ばった固い手である。

「いえ、あなたは天使です。ベルゼラでトルクメの姫にお世話をしていただけるなんて、怪我をして良かったと思えるぐらいです」
「何をおっしゃるの!」
熱い目で見られて、リリーシャは真っ赤になる。
ぐいっと押し込むようにハーブ茶を飲ませる。

隊長のジャクソンも、深々とリリーシャに頭を下げる。

「トルクメの美しい姫よ!リビエラとトルクメにはまだ国交が開かれておりませんが、ぜひ春なって暖かくなれば、このお礼に遊びにお越しください!
国家間で問題があるようでしたら、私個人の友人としてご招待いたしましょう!」

髭の隊長も、熱い目で感謝を述べる。
この一週間、慣れない世話で走り回ったリリーシャであったが、すっかり晴れ晴れした顔をするようになったのだった。

暖かい日が続き、雪が解ける。
リビエラ兵も杖を付きつつ下山をすることになる。
体調が回復したジプサムとその騎士たちが、国境まで送る。

リビエラ兵たちは表向き、雪山での訓練中、深い雪のためにベルゼラの国境を侵害したことに気がつかず、雪崩に巻き込まれたことになっていた。
その時に偶然通りかかったベルゼラの王や王子一行に助けられた。
戦闘があったことは、なかったことになっている。

この雪崩から多くのリビエラ兵を、救助したことにより、後にリビエラの王から感謝が述べられる。長年些細なことでいがみ合っていた国交のないリビエラとベルゼラ、トルクメの三国との間で、国交が開かれることに繋がるのだった。



リリーシャは見えなくなるまで、さらに数日ほど療養したリビエラの男たちを見送っていた。


「帰られましたね、寂しくなりますか?」

護衛のショウに、すこし咎めるような響きがあるのをリリーシャは聞き逃さない。
ショウも、リリーシャに付き従い、負傷者の世話をして、リビエラ兵のリリーシャ天使扱いを目の当たりにしていた。

「はあ?むさ苦しい男たちが帰って清々したわよ?」
「春に、ジャクソンさまのご招待をうけられるのですか?」

「それは、ないわ!今回の第三のプランの失敗をした件で、なんだかわたしは一度死んで、もう一度命を与えられたような気がするの。
思いもがけない結末だったと思わない?」
ショウはリリーシャからつんと取り澄ました雰囲気が削がれているのにとっくに気がついている。

「そうですね。こんなに走り回ったリリーシャさまははじめてです。お顔もすっきりされ、リビエラの男たちの言葉ではありませんが、美しくなられました」

無口なショウは、頑張って言う。
率直に好意を伝えていた男たちに負けられなかった。
国に帰れば、またいつもの姫と護衛に戻る。
それまでは。
それまでが無理ならば、せめて今だけは。

ふふっと、リリーシャは笑った。

「誉められたお礼にこれをショウにプレゼントするわ」

リリーシャの手には完成した編み物が握られている。
ここ最近忙しくて、夜の寝る前にしか編めていなかった編み物も完成した。
男物のミトンの形の手ぶくろである。

「ええ?わたしにですか?!」

ショウは驚いた。
この手ぶくろは原毛を洗い、糸車で糸にするところから作った、非常に手間ひまかけたものである。
てっきり、王子か、王さまにプレゼントするものだと思っていたのだ。

「あなた以外に誰にあげるというのよ?いつも真っ赤な手をしているじゃない?ガツガツ使ってもらってもいいから。また作ってあげるし!」

リリーシャは、不揃いな目の苦労したことのわかる手袋を、ショウの胸に押しつけた。
ショウは、リリーシャの体温が移った温かな手袋を握りしめる。

「いらないっていっても、返品は受け付けないわよ!あなたのための手袋なんだから!
泣かないでよ、ショウ!あなたが泣くと、わたしも泣けるじゃない、、」
「リリーシャさま、お慕いしております、、、」
ショウはとうとう言った。

それは、はじめてリリーシャが彼に目を止めて、彼をわたし護衛に欲しいの!とキラキラした目をして宣言したときから芽生えていた恋ごころだった。
一生言うことのないと思っていた告白だった。
リリーシャはビックリするが、腕を開いてショウを抱き寄せる。

「わたしもよ!あの、ベルゼラの王子と側仕えの奴隷だった、婚約者の娘をみていると、政略結婚が馬鹿らしくなったの。わたしも望むまま、生きたい」

ショウもまさしく同感であった。
彼らにできて、自分たちにできないなんてことがあるだろうか?

二人はキスをする。
リリーシャが一度も体験したことのない、恋人同士の情熱なキスだった。



第八話 完
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