世継ぎで舞姫の君に恋をする
第九章 最終章
53、未来の兆し
ユーディアは気がつくと温かなものにくるまれていた。
体の芯から温まり、こころがほかほかしていた。温かなものに顔を押し付ける。
艶やかで、吸い付くような感覚があった。
腕と脚をさらにしっかりと巻き付けようとして、はっと目が覚めた。
ぱちっと目を開くと人の肌だった。
温かな室内とお互いの熱で、少し汗ばんでいる。
ユーディアは男の蒸せかえるような匂いにくらっとくる。
びっくりして体を起こそうとして腕を突っ張る。
自分を包んでいた温かいもののはジプサムだった。ユーディア自身も一糸纏わぬ姿である。
「ユーディア、おはよう」
「おはようって、、」
ユーディアはぐいっと捕まれて再び温かな胸に押し付けられる。
ジプサムの慈しむ目がユーディアを覗きこむ。
「いったいどうしてジプサムが、いえ僕が、、」
言いかけたユーディアの唇を、ジプサムのそれが塞ぐ。
甘い蕩けるようなキス。
「ユーディア、僕なんて言葉はもう使わないで。
っていうか、何があったか覚えている?」
「ええっと?」
ユーディアは、最後の記憶をたどろうとした。
「雪崩に追いかけられるように滑った。生きた心地もなくて、、」
ひどく転んだことを思い出す。
身体中を探る。そういわれれば、あちらこちらが痛むような気がする。
「怪我は、、」
「打ち身が身体中。20分間雪の中に閉じ込められた。生きていられたのは奇跡に近い。温泉につけ、さらに人肌で温めた」
「だ、誰が?」
「僕が」
ジプサムは啄むようにキスをする。
ユーディアは温かな手のひらに顔を挟まれる。
「あなたは、命がけの警告で、雪崩から多くのリビエラの男たちを救った!
だが、女神のようにスカートをはためかせ現れ、わたしの前で転んだとき、自分が死んでしまうと思った。
ユーディア、わたしはあなたを一生離したくない!」
「、、、それはプロポーズなの?」
ようやくユーディアは言った。
しばらく話していないため、声が掠れる。
「そう。わたしのディア。ずっと心に決めていると言っているだろう?」
ユーディアの顔は一瞬輝いたが、すぐに曇っていく。
ベルゼラの王子は、レグラン王と同様に多くの妻を娶ることになるだろう。
そうなったら、自分は耐えられそうにない。
それに、妻になっても離宮から出られなかったリーンのように、別々に暮らすことになるのも嫌であった。
「わたしの妻は一生一人。あなただけ」
それでも、ユーディアは例え守れない約束だとしても、嬉かった。
「起きれる?あなたのことを皆心配している。元気な姿をみせに行こう!」
ユーディアは用意されたシンプルなドレスに着替える。
まるであつらえたかのように着心地が良かった。
「歩ける?」
ジプサムはユーディアの手をそっと取る。
ユーディアにくすりと笑みが浮かぶ。
こんなに女の子扱いをされたことがなかったからだ。
歩きながら体の内部を観察する。
筋肉の痛みはあるが、骨や筋は大丈夫そうだった。
ゴメスが二人に気がついた。
道をよけて深く頭を下げる。
「ユーディアさまご回復おめでとうございます」
「王は?」
「外で、ジャクソンさまと手合わせをされています」
「ベルゼラ王が、リビエラ兵の隊長と?」
ジプサムは聞き直すが、その通りのようだった。
「お腹すいている?先に何か食べる?それとも皆に元気な顔を見せる?」
「先に皆に」
お腹も空いていたが、心配させているのが申し訳なかった。
外に出るために、ジプサムが靴を履かせてくれる。
「ちょっ、ジプサム、それはダメだ」
それではジプサムがユーディアの側仕えではないか!
「わたしの姫さま、わたしにやらせて?」
こそばゆく感じながらも、ユーディアは任せた。
足を両手で包んでぎゅっとにぎってから履かせるところが、じわっとうれしい。
離宮前の広場は、すっかり雪が溶けて、泥と混ざりぐちゃぐちゃだった。
王騎士たちや騎士候補たち、包帯をまいたリビエラ兵たちが、ひと勝負の後なのか、泥だらけになりながら、ぐるりと円になり、中の勝負を囃し立てながら応援していた。
「そこです!組んでください!」
「脚を掛けろ!」
円のなかでは二人の男が体術の勝負をしていた。
下半身は元より、上半身も顔も泥だらけでの、レグラン王と髭のジャクソン隊長である。
戦をしていた敵国の隊長と王が武器をもっていないとはいえ、取っ組みあいをしているのが不思議な光景であった。
「彼がリビエラのジャクソン隊長なの?」
ユーディアがジプサムに問いかける。
ジプサムが答える前に、近くの包帯のリビエラ兵が気がついた。
「我らを雪崩から命がけで救ってくれた恩人だ!」
その言葉に、体術中のジャクソンも意識が向く。その瞬間にジャクソンの体が宙に舞い、泥の中に叩きつけられた。
「レグラン王の勝ち!」
ハリルホは宣言するが、ジャクソンもレグランも勝負の行方などどうでも良いようだった。
ジプサムの騎士候補たちはざっとジプサムの前に駆け寄り、片膝をつく。
「ユーディアさまご回復おめでとうございます!」
「あ、ありがとう、、」
その迫力にユーディアは押されぎみである。
彼らは尊敬と喜びの入り交じる、きらきらした目でユーディアを見る。
そんな目で、側仕えの奴隷のユーディアは見られたことがない。
レグラン王はこれ以上ないという満面の笑みで、腕を広げて近づいてくる。
ユーディアは逃げようもなく、力強く抱き締められた。
「わが姪っ子殿。元気な姿を再びこの腕に抱くことができて心より嬉しい!」
「あ、ありがとう!」
「あなたはこれから忙しくなるよ!春の節分まであと数日あるから、それまでゆっくりと離宮で休むといい!」
ようやくレグラン王は体を離した。刷り寄せられたユーディアの頬や服にはべっとりと泥が移っている。
「王よ、わたしのユーディアが汚れます、、、」
ジプサムはもはや手後れと思いながらも言う。
王はあははっと楽しそうに笑う。
「わたしたちは一足はやく、王宮に戻り、そなたたちを迎え入れる準備をするとしよう!」
王は胸を探り、鎖を引きだした。
肌身離すことのない、鍵の付いたペンダントだった。
そのペンダントをレグランはユーディアの首にかける。
「これをそなたに与える。リーンの部屋の鍵だ。中にあるものを好きに使っていい。あなたに婚約祝いにプレゼントする。お古で申し訳ないが、、」
ごくりと隣でジプサムが唾を飲む気配。
「王よ、認めてもらえるのですか!」
ジプサムは言う。
王はユーディアを穏やかな目をして見る。
ユーディアとジプサムだけにいう。
「あなたには感服した。あなたがいれば、息子の臨む戦のない世界の実現が、現実的になるような気がする!
わたしは、あなたを心より慈しみ愛せるが、息子はそれだけでなくて、あなたを愛しながらも自分の横で存分に活かせるだろう!
だから、ここはひとまずあなたを諦めることにした。ジプサムに譲る!」
ジプサムはそのもの言いにむっとするが、王はユーディアとの結婚を認めたことは理解できた。
「ユーディアよ!未熟な息子を妻となって支えてやってくれ!
ここに未来のベルゼラの王と王妃の誕生だ!」
わあっと歓声が上がる。
「おめでとうございます!ジプサムさま!ユーディアさま!」
口々に騎士候補たちは祝いの言葉を述べる。まさかの王からの後継者指名の発表と婚約宣言だった。
王騎士たちも一斉に片膝をつく。
「おめでとうございます!ジプサムさま!ユーディアさま!」
その祝いの中に、リビエラの髭のジャクソン隊長が進みでる。
彼も膝を付いた。
「我々がひとりも失わずに雪崩から生還できたのは、雪の女神のようにその身の危険を省みずにその危険を告げてくださったユーディアさまのお蔭でございます!
九死に一生を得た兵や、その何倍もいる家族の恩は、このジャクソン、一生忘れません!
あなたが何か危機に陥ることがあるようなことがあれば、火の中でも飛び込んで助けましょう!」
いつの間にか、外に出ていた者だけでなく、部屋で寝ていたリビエラ兵も、お互いに肩を貸しあいながら外に出ていた。
彼らもジャクソンの後ろに付きなんとか膝をついている。
刃を向け敵対していたものたちが、感謝の意を述べる。
敵国の隊長が、王と殺意もなく、純粋に体術の勝負をする。
「未来の王妃に、感謝を申し上げる!」
ジャクソン隊長は言った。
そこにいる全員が、力で押さえつけるばかりではない、新たな未来の兆しを見たのだった。
体の芯から温まり、こころがほかほかしていた。温かなものに顔を押し付ける。
艶やかで、吸い付くような感覚があった。
腕と脚をさらにしっかりと巻き付けようとして、はっと目が覚めた。
ぱちっと目を開くと人の肌だった。
温かな室内とお互いの熱で、少し汗ばんでいる。
ユーディアは男の蒸せかえるような匂いにくらっとくる。
びっくりして体を起こそうとして腕を突っ張る。
自分を包んでいた温かいもののはジプサムだった。ユーディア自身も一糸纏わぬ姿である。
「ユーディア、おはよう」
「おはようって、、」
ユーディアはぐいっと捕まれて再び温かな胸に押し付けられる。
ジプサムの慈しむ目がユーディアを覗きこむ。
「いったいどうしてジプサムが、いえ僕が、、」
言いかけたユーディアの唇を、ジプサムのそれが塞ぐ。
甘い蕩けるようなキス。
「ユーディア、僕なんて言葉はもう使わないで。
っていうか、何があったか覚えている?」
「ええっと?」
ユーディアは、最後の記憶をたどろうとした。
「雪崩に追いかけられるように滑った。生きた心地もなくて、、」
ひどく転んだことを思い出す。
身体中を探る。そういわれれば、あちらこちらが痛むような気がする。
「怪我は、、」
「打ち身が身体中。20分間雪の中に閉じ込められた。生きていられたのは奇跡に近い。温泉につけ、さらに人肌で温めた」
「だ、誰が?」
「僕が」
ジプサムは啄むようにキスをする。
ユーディアは温かな手のひらに顔を挟まれる。
「あなたは、命がけの警告で、雪崩から多くのリビエラの男たちを救った!
だが、女神のようにスカートをはためかせ現れ、わたしの前で転んだとき、自分が死んでしまうと思った。
ユーディア、わたしはあなたを一生離したくない!」
「、、、それはプロポーズなの?」
ようやくユーディアは言った。
しばらく話していないため、声が掠れる。
「そう。わたしのディア。ずっと心に決めていると言っているだろう?」
ユーディアの顔は一瞬輝いたが、すぐに曇っていく。
ベルゼラの王子は、レグラン王と同様に多くの妻を娶ることになるだろう。
そうなったら、自分は耐えられそうにない。
それに、妻になっても離宮から出られなかったリーンのように、別々に暮らすことになるのも嫌であった。
「わたしの妻は一生一人。あなただけ」
それでも、ユーディアは例え守れない約束だとしても、嬉かった。
「起きれる?あなたのことを皆心配している。元気な姿をみせに行こう!」
ユーディアは用意されたシンプルなドレスに着替える。
まるであつらえたかのように着心地が良かった。
「歩ける?」
ジプサムはユーディアの手をそっと取る。
ユーディアにくすりと笑みが浮かぶ。
こんなに女の子扱いをされたことがなかったからだ。
歩きながら体の内部を観察する。
筋肉の痛みはあるが、骨や筋は大丈夫そうだった。
ゴメスが二人に気がついた。
道をよけて深く頭を下げる。
「ユーディアさまご回復おめでとうございます」
「王は?」
「外で、ジャクソンさまと手合わせをされています」
「ベルゼラ王が、リビエラ兵の隊長と?」
ジプサムは聞き直すが、その通りのようだった。
「お腹すいている?先に何か食べる?それとも皆に元気な顔を見せる?」
「先に皆に」
お腹も空いていたが、心配させているのが申し訳なかった。
外に出るために、ジプサムが靴を履かせてくれる。
「ちょっ、ジプサム、それはダメだ」
それではジプサムがユーディアの側仕えではないか!
「わたしの姫さま、わたしにやらせて?」
こそばゆく感じながらも、ユーディアは任せた。
足を両手で包んでぎゅっとにぎってから履かせるところが、じわっとうれしい。
離宮前の広場は、すっかり雪が溶けて、泥と混ざりぐちゃぐちゃだった。
王騎士たちや騎士候補たち、包帯をまいたリビエラ兵たちが、ひと勝負の後なのか、泥だらけになりながら、ぐるりと円になり、中の勝負を囃し立てながら応援していた。
「そこです!組んでください!」
「脚を掛けろ!」
円のなかでは二人の男が体術の勝負をしていた。
下半身は元より、上半身も顔も泥だらけでの、レグラン王と髭のジャクソン隊長である。
戦をしていた敵国の隊長と王が武器をもっていないとはいえ、取っ組みあいをしているのが不思議な光景であった。
「彼がリビエラのジャクソン隊長なの?」
ユーディアがジプサムに問いかける。
ジプサムが答える前に、近くの包帯のリビエラ兵が気がついた。
「我らを雪崩から命がけで救ってくれた恩人だ!」
その言葉に、体術中のジャクソンも意識が向く。その瞬間にジャクソンの体が宙に舞い、泥の中に叩きつけられた。
「レグラン王の勝ち!」
ハリルホは宣言するが、ジャクソンもレグランも勝負の行方などどうでも良いようだった。
ジプサムの騎士候補たちはざっとジプサムの前に駆け寄り、片膝をつく。
「ユーディアさまご回復おめでとうございます!」
「あ、ありがとう、、」
その迫力にユーディアは押されぎみである。
彼らは尊敬と喜びの入り交じる、きらきらした目でユーディアを見る。
そんな目で、側仕えの奴隷のユーディアは見られたことがない。
レグラン王はこれ以上ないという満面の笑みで、腕を広げて近づいてくる。
ユーディアは逃げようもなく、力強く抱き締められた。
「わが姪っ子殿。元気な姿を再びこの腕に抱くことができて心より嬉しい!」
「あ、ありがとう!」
「あなたはこれから忙しくなるよ!春の節分まであと数日あるから、それまでゆっくりと離宮で休むといい!」
ようやくレグラン王は体を離した。刷り寄せられたユーディアの頬や服にはべっとりと泥が移っている。
「王よ、わたしのユーディアが汚れます、、、」
ジプサムはもはや手後れと思いながらも言う。
王はあははっと楽しそうに笑う。
「わたしたちは一足はやく、王宮に戻り、そなたたちを迎え入れる準備をするとしよう!」
王は胸を探り、鎖を引きだした。
肌身離すことのない、鍵の付いたペンダントだった。
そのペンダントをレグランはユーディアの首にかける。
「これをそなたに与える。リーンの部屋の鍵だ。中にあるものを好きに使っていい。あなたに婚約祝いにプレゼントする。お古で申し訳ないが、、」
ごくりと隣でジプサムが唾を飲む気配。
「王よ、認めてもらえるのですか!」
ジプサムは言う。
王はユーディアを穏やかな目をして見る。
ユーディアとジプサムだけにいう。
「あなたには感服した。あなたがいれば、息子の臨む戦のない世界の実現が、現実的になるような気がする!
わたしは、あなたを心より慈しみ愛せるが、息子はそれだけでなくて、あなたを愛しながらも自分の横で存分に活かせるだろう!
だから、ここはひとまずあなたを諦めることにした。ジプサムに譲る!」
ジプサムはそのもの言いにむっとするが、王はユーディアとの結婚を認めたことは理解できた。
「ユーディアよ!未熟な息子を妻となって支えてやってくれ!
ここに未来のベルゼラの王と王妃の誕生だ!」
わあっと歓声が上がる。
「おめでとうございます!ジプサムさま!ユーディアさま!」
口々に騎士候補たちは祝いの言葉を述べる。まさかの王からの後継者指名の発表と婚約宣言だった。
王騎士たちも一斉に片膝をつく。
「おめでとうございます!ジプサムさま!ユーディアさま!」
その祝いの中に、リビエラの髭のジャクソン隊長が進みでる。
彼も膝を付いた。
「我々がひとりも失わずに雪崩から生還できたのは、雪の女神のようにその身の危険を省みずにその危険を告げてくださったユーディアさまのお蔭でございます!
九死に一生を得た兵や、その何倍もいる家族の恩は、このジャクソン、一生忘れません!
あなたが何か危機に陥ることがあるようなことがあれば、火の中でも飛び込んで助けましょう!」
いつの間にか、外に出ていた者だけでなく、部屋で寝ていたリビエラ兵も、お互いに肩を貸しあいながら外に出ていた。
彼らもジャクソンの後ろに付きなんとか膝をついている。
刃を向け敵対していたものたちが、感謝の意を述べる。
敵国の隊長が、王と殺意もなく、純粋に体術の勝負をする。
「未来の王妃に、感謝を申し上げる!」
ジャクソン隊長は言った。
そこにいる全員が、力で押さえつけるばかりではない、新たな未来の兆しを見たのだった。