世継ぎで舞姫の君に恋をする
54、最後のキス
レグラン王が予言したように、離宮で過ごす残りの数日間はユーディアにはゆっくり過ごせたのだと思う。
リビエラ兵が帰国し、トルクメのリリーシャ姫とその護衛のショウも馬車を修繕し、帰国しようとしていた。
ユーディアはリリーシャが編んでいた手袋がショウの手にあるのを見る。
雪は日陰に残すのみになっているが、まだまだ朝晩はひんやりする。
「あなたのお陰で、退屈な離宮が楽しくなったわ!」
豪奢な毛皮のコートのリリーシャはユーディアと別れの抱擁を交わす。
「騙してごめん!」
「今から思うと道理でと思うことばっかり。あなたと王子の正式なご婚約、本当におめでとう」
「ありがとう、、」
「あら?浮かない顔ね?」
リリーシャは幸せの絶頂のはずのユーディアの顔が曇っていることに気がついた。
「ジプサム王子はあなた以外の女は何があっても娶らないわよ?夜這いを駆けたわたくしが言うのですから安心して!」
「夜這い!!」
そこでユーディアは自分の前にリリーシャ姫がジプサムに夜這いをかけたことを知る。
いたずらげにリリーシャはウインクした。
「自信を持ちなさい!ユーディア!ベルゼラの直系王族はあなたが好き!そういう遺伝子なのでしょう」
「リリーシャも、ショウさんとお幸せに!」
というと、リリーシャは顔を真っ赤にする。
「わかる?身分違いのわたしたちの恋の幸運を祈って、ユーディア」
ユーディアはリリーシャの頬にキスをする。
「諦めないで。あなたたちなら幸せになれる」
じわっとリリーシャの目から涙が溢れる。
「捕虜から奴隷になって、王子の婚約者になり、王妃になるかもしれないあなたに言われると勇気が出る」
ぐずっとリリーシャは鼻を啜った。
ついっとショウが手をのばしてハンカチを手渡す。
リリーシャとショウは視線を絡ませその手を握りあった。
「また、お会いしましょう!ユーディアさま!」
レグラン王一行、リビエラ兵たち、リリーシャたちが帰った離宮はがらんと広く感じられた。
そろそろユーディアたちも帰国の準備が始まっている。
ユーディアは、朝食の後、明日の出発のために厨房を片付けるジャンを手伝っていた。
ジャンは申し訳なさそうだが、嬉しそうでもあった。
「まさか、ユーディアが王子と婚約して凱旋帰国するなんて思いもしなかったよ!」
と、ジャンは何度も言っていた。
「これはどうするの?」
小麦が袋ごと余っている。
「ううん、重いし、ゴメスに食って貰おうかと思うんだけど、、」
ジャンはヨーグルトを瓶に移している。
「これは厨房で育てる」
皆に好評だった羊のヨーグルトだ。
「絶対に、厨房で羊を飼うぞ!」
すっかり羊のバターやチーズ、ヨーグルトにはまったようだった。
あははっと楽しくてユーディアは笑う。
「ユーディア、お前脚は大丈夫か?」
ブルースが不意に眉を寄せて言った。
彼も厨房の片付けの手伝いをしていた。
ユーディアはどきっとする。
「何でわかる?」
「見せてみろ」
ブルースはユーディアを抱えあげ、テーブルに乗せる。スカートを捲り上げた。
ジャンが顔を真っ赤にし、ビックリして後ろを向く。
「何してるんだよ!?」
おたおたするジャンに構わず、ユーディアの脚を見る。膝を曲げ伸ばす。
ユーディアの右足には、腿裏のところに膨れた傷があった。赤く盛り上がっている。
「小さな傷に雑菌がはいって膿んだな。切開しないと。ジャン、ナイフを火で炙ってくれ」
「はあ?ここでするのかよ?」
「早く準備しろ。ユーディアはうつ伏せになってくれ」
言われるままユーディアはうつ伏せになる。
「膿んでいると思ったんだけど、自分ではできなくて、、、」
ユーディアは半泣きである。
最初は気にならないぐらいの傷だった。
それが今では歩く度に痛むようになっていた。
「ジャン、酒もあるか?」
ブルースは膿んだ箇所を小さく切り裂き、吸出し吐き出す。
呻き声をユーディアは押さえる。
最後は酒で消毒する。
「大丈夫だ。きれいに治る。それより他はないか?」
ブルースは不機嫌に言う。
ユーディアの全身を確認する勢いだ。
「ジプサムとはヤッているんだろ?なんでヤツは気がつかない?」
ユーディアは直接的な言い方に真っ赤になる。
「ブ、ブルース、したのは一度だけだ、、、。裸であたためてくれていたときも、何にもないし。その後は別々の部屋で寝ている。
妻の儀式とかなんとかで、結婚の日まで出来ないんだ」
「あ、、そう」
ブルースもユーディアにつられて赤くなる。
「すまん、つい昔のようにお前を扱ってしまった」
ユーディアはスカートを直し、テーブルの上に体を起こす。
そして、ブルースと向かい合う。
ユーディアは久々に真正面からかつての許嫁を見たように思う。
「ブルース、ごめん、、、」
一緒になれなくてごめん。
モルガンに帰らなくてごめん。
あなたより、ジプサムを選んでごめん。
あなたに愛を返せなくてごめん。
ブルースはそのすべてを受けとる。
「あやまるな、ユーディア。
昔からあなたはジプサムを選んでいた。
わたしがあなたのそばにいたかっただけだから。
わかっているか?あなたは今はまだ二重婚約の状態だ。
約束は双方の合意で成立し、解除も双方の合意が必要だ。
だから、今、わたしの許嫁から、あなたを解放する。あなたもわたしを解放してくれ」
ユーディアもうなずいた。
ブルースはユーディアの頬に震える手を添えた。
そしてその唇にキスをする。
最後のお別れのキス。
愛を踏ん切るための、最後のキス。
唇と唇が触れあうだけの、優しいキスであった。
その最後のキスで、ブルースは残りの人生を生きていく。
ユーディアの目から涙が流れる。
ブルースの目からも。
「わたしのユーディア、あいつと幸せになれ」
ユーディアの涙は止まらない。
ユーディアはブルースと婚約を解消し、彼は自分のそばから永遠に離れたのだ。
それはユーディアに自分の半身を失ってしまうような喪失感を感じさせた。
そしてモルガン族にもう戻れないことを思い知ったのだった。
リビエラ兵が帰国し、トルクメのリリーシャ姫とその護衛のショウも馬車を修繕し、帰国しようとしていた。
ユーディアはリリーシャが編んでいた手袋がショウの手にあるのを見る。
雪は日陰に残すのみになっているが、まだまだ朝晩はひんやりする。
「あなたのお陰で、退屈な離宮が楽しくなったわ!」
豪奢な毛皮のコートのリリーシャはユーディアと別れの抱擁を交わす。
「騙してごめん!」
「今から思うと道理でと思うことばっかり。あなたと王子の正式なご婚約、本当におめでとう」
「ありがとう、、」
「あら?浮かない顔ね?」
リリーシャは幸せの絶頂のはずのユーディアの顔が曇っていることに気がついた。
「ジプサム王子はあなた以外の女は何があっても娶らないわよ?夜這いを駆けたわたくしが言うのですから安心して!」
「夜這い!!」
そこでユーディアは自分の前にリリーシャ姫がジプサムに夜這いをかけたことを知る。
いたずらげにリリーシャはウインクした。
「自信を持ちなさい!ユーディア!ベルゼラの直系王族はあなたが好き!そういう遺伝子なのでしょう」
「リリーシャも、ショウさんとお幸せに!」
というと、リリーシャは顔を真っ赤にする。
「わかる?身分違いのわたしたちの恋の幸運を祈って、ユーディア」
ユーディアはリリーシャの頬にキスをする。
「諦めないで。あなたたちなら幸せになれる」
じわっとリリーシャの目から涙が溢れる。
「捕虜から奴隷になって、王子の婚約者になり、王妃になるかもしれないあなたに言われると勇気が出る」
ぐずっとリリーシャは鼻を啜った。
ついっとショウが手をのばしてハンカチを手渡す。
リリーシャとショウは視線を絡ませその手を握りあった。
「また、お会いしましょう!ユーディアさま!」
レグラン王一行、リビエラ兵たち、リリーシャたちが帰った離宮はがらんと広く感じられた。
そろそろユーディアたちも帰国の準備が始まっている。
ユーディアは、朝食の後、明日の出発のために厨房を片付けるジャンを手伝っていた。
ジャンは申し訳なさそうだが、嬉しそうでもあった。
「まさか、ユーディアが王子と婚約して凱旋帰国するなんて思いもしなかったよ!」
と、ジャンは何度も言っていた。
「これはどうするの?」
小麦が袋ごと余っている。
「ううん、重いし、ゴメスに食って貰おうかと思うんだけど、、」
ジャンはヨーグルトを瓶に移している。
「これは厨房で育てる」
皆に好評だった羊のヨーグルトだ。
「絶対に、厨房で羊を飼うぞ!」
すっかり羊のバターやチーズ、ヨーグルトにはまったようだった。
あははっと楽しくてユーディアは笑う。
「ユーディア、お前脚は大丈夫か?」
ブルースが不意に眉を寄せて言った。
彼も厨房の片付けの手伝いをしていた。
ユーディアはどきっとする。
「何でわかる?」
「見せてみろ」
ブルースはユーディアを抱えあげ、テーブルに乗せる。スカートを捲り上げた。
ジャンが顔を真っ赤にし、ビックリして後ろを向く。
「何してるんだよ!?」
おたおたするジャンに構わず、ユーディアの脚を見る。膝を曲げ伸ばす。
ユーディアの右足には、腿裏のところに膨れた傷があった。赤く盛り上がっている。
「小さな傷に雑菌がはいって膿んだな。切開しないと。ジャン、ナイフを火で炙ってくれ」
「はあ?ここでするのかよ?」
「早く準備しろ。ユーディアはうつ伏せになってくれ」
言われるままユーディアはうつ伏せになる。
「膿んでいると思ったんだけど、自分ではできなくて、、、」
ユーディアは半泣きである。
最初は気にならないぐらいの傷だった。
それが今では歩く度に痛むようになっていた。
「ジャン、酒もあるか?」
ブルースは膿んだ箇所を小さく切り裂き、吸出し吐き出す。
呻き声をユーディアは押さえる。
最後は酒で消毒する。
「大丈夫だ。きれいに治る。それより他はないか?」
ブルースは不機嫌に言う。
ユーディアの全身を確認する勢いだ。
「ジプサムとはヤッているんだろ?なんでヤツは気がつかない?」
ユーディアは直接的な言い方に真っ赤になる。
「ブ、ブルース、したのは一度だけだ、、、。裸であたためてくれていたときも、何にもないし。その後は別々の部屋で寝ている。
妻の儀式とかなんとかで、結婚の日まで出来ないんだ」
「あ、、そう」
ブルースもユーディアにつられて赤くなる。
「すまん、つい昔のようにお前を扱ってしまった」
ユーディアはスカートを直し、テーブルの上に体を起こす。
そして、ブルースと向かい合う。
ユーディアは久々に真正面からかつての許嫁を見たように思う。
「ブルース、ごめん、、、」
一緒になれなくてごめん。
モルガンに帰らなくてごめん。
あなたより、ジプサムを選んでごめん。
あなたに愛を返せなくてごめん。
ブルースはそのすべてを受けとる。
「あやまるな、ユーディア。
昔からあなたはジプサムを選んでいた。
わたしがあなたのそばにいたかっただけだから。
わかっているか?あなたは今はまだ二重婚約の状態だ。
約束は双方の合意で成立し、解除も双方の合意が必要だ。
だから、今、わたしの許嫁から、あなたを解放する。あなたもわたしを解放してくれ」
ユーディアもうなずいた。
ブルースはユーディアの頬に震える手を添えた。
そしてその唇にキスをする。
最後のお別れのキス。
愛を踏ん切るための、最後のキス。
唇と唇が触れあうだけの、優しいキスであった。
その最後のキスで、ブルースは残りの人生を生きていく。
ユーディアの目から涙が流れる。
ブルースの目からも。
「わたしのユーディア、あいつと幸せになれ」
ユーディアの涙は止まらない。
ユーディアはブルースと婚約を解消し、彼は自分のそばから永遠に離れたのだ。
それはユーディアに自分の半身を失ってしまうような喪失感を感じさせた。
そしてモルガン族にもう戻れないことを思い知ったのだった。