世継ぎで舞姫の君に恋をする
55、凱旋と別れ (完)
王子とその騎士の帰国にベルゼラの王都は沸いていた。
色とりどりの花が町の通りに溢れ、沿道にも人だかりである。
ジプサム王子はこの冬の離宮でたくましく成長していた。
山賊退治を為し遂げ、迷いこんだ100人のリビエラ兵を雪崩の自然災害から助けることに多大な尽力をつくしたことは、美談として伝えられている。
王都の都人にも、リビエラからの感謝を表すリビエラ王の使者の華やかな行列は、記憶に新しい。
ベルゼラ国で絶大な人気を誇る、若きレグラン王に似てはいるが、どことなく甘い顔立ちも、柔のジプサムと称えられるようになっている。
現在、人気急上昇中の遅咲きのジプサム王子である。
だが王子の馬には黒髪をひとつにまとめた美しい娘が乗っている。
白地に金の、レグラン王好みの、モルガン族の紋様が胸元に刺繍されている。
上品に手を振る様子はため息を誘う。
あの娘は誰であるのか、王都の人たちにはわからなかったが、王子の最愛の人であることは、さりげなく娘の頭にキスをするのでわかる。
娘の顔をよく見ようとすると、娘は自分に目を合わせて笑いかけてくれる感じがする。
その不思議な感覚に都人は、後に王子の妻となるこのモルガン族の娘を、瞬時に気に入ったのだった。
そして、今回の目玉は、王子のようやく選抜された彼の騎士10名である。
彼らは白地に赤と金の鷹の刺繍の正装をする。ジプサム王子の印は鷹である。
彼の行くところ、鷹が舞うからだった。
その衣装はレグラン王からのプレゼントである。
「王都に凱旋するのだ。次期王として恥ずかしくない格好をせよ!」
ということである。
王子の騎士は、サニジンを入れると11名である。一人多い。
サニジンは王子のすぐ斜め後ろに付く。
そして、ブルース。ルーリク、ギース、クロース、ハメス、など互い違いに馬を並べる。
彼らのほとんどが家柄のよい貴族の息子たちである。さらに、鍛え上げられた体、きりっとした顔立ちのハンサムな男たちである。
手に持った花を押し付けようとする娘たちも続出している。
「すごいな、ジプサムと騎士たちの人気は」
ユーディアは行きと帰りでは全く王都の人たちの熱狂度が違うことに驚く。
「ユーディアを早く皆に紹介したくて堪らない!」
ジプサムは言う。
「ちょうどユーディアがベルゼラに来て1年だ。
まさか、わたしの婚約者として腕に抱いているなんて思わなかった。
わたしの愛しい人」
とうとう堪らず、ジプサムは後ろからユーディアの頬にキスをする。
キャーという、沿道の娘たちの黄色い悲鳴。
だが、固まったのはユーディアだった。
「ちょうど一年だって!?」
ベルゼラに来て今日でちょうど一年。
モルガン族のサラサたちとの約束の期限である。
彼らはどんな状況でも迎えに来るといっていなかったか?
すっかりユーディアは忘れていた。
後ろのブルースを振り返った。
ブルースは平然とした風を装いながらも、油断なく人混みに目を走らせていた。
その時、ひゅんと矢が放たれる。
正確にジプサムの背中から心臓を狙う矢だった。
ブルースは目にも止まらぬ早さで、冷静に矢を剣で切り落とす。
ぽとりと落ちたのはモルガン族の矢。
ブルースには誰の矢であるかもわかる。
ジプサムはすぐに異常に気がついた。
短く掛け声を掛け、隊列を変える。
馬上の騎士たちは三列になる。
一列めは剣を抜く。
二列めはクロスボウを構える。
三列めは剣を抜き、前に走りでる。
彼らは王子の両サイドと先頭にいく。
沿道の者たちは、それを王子の騎士たちの演出と見た。
毅然とした騎士たちの一糸乱れぬ、ため息がでるほど美しい隊列変更だったからだ。
王子のサービスにわあっと歓声があがる。
その歓声に紛れて、ブルースはジプサムの背中に叫ぶ。
「ジプサム!
わたしはモルガンに戻る!彼らにきちんと説明をしないと、モルガンはユーディアを取り戻しに来る!
わたしのユーディアを泣かせるな!」
ジプサムも、振り返らず言い返す。
「おまえのユーディアではない。
わたしのユーディアだ!
あい、わかった!
ブルース、お前を騎士の任務を解除する!
お前は自由だ!」
ブルースは耳がよい。
喧噪の中でも王子の声を聞き分けられる。
「トニーさまによろしく!」
ブルースはそれを最後に、隊列を離れた。
ブルースは大きな旗が振られている影にはいると、馬から降りてきらびやかな王騎士の衣装とマントを脱ぎ捨てた。
窮屈な衣装だった。
観客の中に紛れるモルガン族は10人。
シャビ、トーレス、サラサなど幼馴染に、西から逃れた者が混ざる。
彼らのリーダーはみる限りサラサだった。
女は危うくて強くて、切なくて美しいな、とブルースは思う。
強国とうまくやっていくには、誰かがベルゼラで学んだことを持ち帰らなければならなかった。
それがはじめの予定と違って、自分だけであるということだった。
ブルースは最後にユーディアを目に焼き付け、人混みに消えたのだった。
完
色とりどりの花が町の通りに溢れ、沿道にも人だかりである。
ジプサム王子はこの冬の離宮でたくましく成長していた。
山賊退治を為し遂げ、迷いこんだ100人のリビエラ兵を雪崩の自然災害から助けることに多大な尽力をつくしたことは、美談として伝えられている。
王都の都人にも、リビエラからの感謝を表すリビエラ王の使者の華やかな行列は、記憶に新しい。
ベルゼラ国で絶大な人気を誇る、若きレグラン王に似てはいるが、どことなく甘い顔立ちも、柔のジプサムと称えられるようになっている。
現在、人気急上昇中の遅咲きのジプサム王子である。
だが王子の馬には黒髪をひとつにまとめた美しい娘が乗っている。
白地に金の、レグラン王好みの、モルガン族の紋様が胸元に刺繍されている。
上品に手を振る様子はため息を誘う。
あの娘は誰であるのか、王都の人たちにはわからなかったが、王子の最愛の人であることは、さりげなく娘の頭にキスをするのでわかる。
娘の顔をよく見ようとすると、娘は自分に目を合わせて笑いかけてくれる感じがする。
その不思議な感覚に都人は、後に王子の妻となるこのモルガン族の娘を、瞬時に気に入ったのだった。
そして、今回の目玉は、王子のようやく選抜された彼の騎士10名である。
彼らは白地に赤と金の鷹の刺繍の正装をする。ジプサム王子の印は鷹である。
彼の行くところ、鷹が舞うからだった。
その衣装はレグラン王からのプレゼントである。
「王都に凱旋するのだ。次期王として恥ずかしくない格好をせよ!」
ということである。
王子の騎士は、サニジンを入れると11名である。一人多い。
サニジンは王子のすぐ斜め後ろに付く。
そして、ブルース。ルーリク、ギース、クロース、ハメス、など互い違いに馬を並べる。
彼らのほとんどが家柄のよい貴族の息子たちである。さらに、鍛え上げられた体、きりっとした顔立ちのハンサムな男たちである。
手に持った花を押し付けようとする娘たちも続出している。
「すごいな、ジプサムと騎士たちの人気は」
ユーディアは行きと帰りでは全く王都の人たちの熱狂度が違うことに驚く。
「ユーディアを早く皆に紹介したくて堪らない!」
ジプサムは言う。
「ちょうどユーディアがベルゼラに来て1年だ。
まさか、わたしの婚約者として腕に抱いているなんて思わなかった。
わたしの愛しい人」
とうとう堪らず、ジプサムは後ろからユーディアの頬にキスをする。
キャーという、沿道の娘たちの黄色い悲鳴。
だが、固まったのはユーディアだった。
「ちょうど一年だって!?」
ベルゼラに来て今日でちょうど一年。
モルガン族のサラサたちとの約束の期限である。
彼らはどんな状況でも迎えに来るといっていなかったか?
すっかりユーディアは忘れていた。
後ろのブルースを振り返った。
ブルースは平然とした風を装いながらも、油断なく人混みに目を走らせていた。
その時、ひゅんと矢が放たれる。
正確にジプサムの背中から心臓を狙う矢だった。
ブルースは目にも止まらぬ早さで、冷静に矢を剣で切り落とす。
ぽとりと落ちたのはモルガン族の矢。
ブルースには誰の矢であるかもわかる。
ジプサムはすぐに異常に気がついた。
短く掛け声を掛け、隊列を変える。
馬上の騎士たちは三列になる。
一列めは剣を抜く。
二列めはクロスボウを構える。
三列めは剣を抜き、前に走りでる。
彼らは王子の両サイドと先頭にいく。
沿道の者たちは、それを王子の騎士たちの演出と見た。
毅然とした騎士たちの一糸乱れぬ、ため息がでるほど美しい隊列変更だったからだ。
王子のサービスにわあっと歓声があがる。
その歓声に紛れて、ブルースはジプサムの背中に叫ぶ。
「ジプサム!
わたしはモルガンに戻る!彼らにきちんと説明をしないと、モルガンはユーディアを取り戻しに来る!
わたしのユーディアを泣かせるな!」
ジプサムも、振り返らず言い返す。
「おまえのユーディアではない。
わたしのユーディアだ!
あい、わかった!
ブルース、お前を騎士の任務を解除する!
お前は自由だ!」
ブルースは耳がよい。
喧噪の中でも王子の声を聞き分けられる。
「トニーさまによろしく!」
ブルースはそれを最後に、隊列を離れた。
ブルースは大きな旗が振られている影にはいると、馬から降りてきらびやかな王騎士の衣装とマントを脱ぎ捨てた。
窮屈な衣装だった。
観客の中に紛れるモルガン族は10人。
シャビ、トーレス、サラサなど幼馴染に、西から逃れた者が混ざる。
彼らのリーダーはみる限りサラサだった。
女は危うくて強くて、切なくて美しいな、とブルースは思う。
強国とうまくやっていくには、誰かがベルゼラで学んだことを持ち帰らなければならなかった。
それがはじめの予定と違って、自分だけであるということだった。
ブルースは最後にユーディアを目に焼き付け、人混みに消えたのだった。
完