世継ぎで舞姫の君に恋をする
5、モルガン征伐 (第一話 完)
ジプサムは今年も来ない。
ユーディアはジプサムのいない新年の祭りを何度も迎えていた。
ユーディアは17歳。
最近では、男髪に結うのも、月に半分になっていた。族長の世継ぎになると息巻いていたのは、何年も前だ。
最近では、父も母もユーディアに任せるとのことである。
「ユーディア」
ブルースはユーディアの抱えていた布を代わりに持ってやる。
新しく織り上げた手織りの布である。
「今日も髪を下ろしているのか」
「ああ、踊りの稽古をつけてもらっていたから、そのままにしてしまっていた」
ユーディアは自分の髪をくるくると指を巻いてみる。
「その髪をしていると、娘のようだな。このまま娘でいるのか?」
「娘、、、」
ユーディアはまだ決めかねていた。
娘として家族のために生きるのか、一族のためにその身を捧げて生きるのか、決めかねていた。
迷っていること自体、世継ぎでいる資格はないのかもしれないと思う。
どちらを選択しても、許嫁のブルースは良さそうだった。彼は族長になる器である。
ユーディアが表に立っても、ブルース自身が表に立ってもどちらでも良いようだった。
ユーディアは、そういう大物振りなところが、自分よりも族長に相応しいのかもしれないとも思う。
「一度、草原を出てみたい」
その言葉はユーディアから漏れ出ていた。
長年思っていたことだった。
だが、口に出したのは初めてだった。
「なんだって、、、?」
ブルースは驚く。
彼らはモルガン族を率いることを求められた若者である。
何かを聞き間違えたのかもしれないと思った。
「ベルゼラに来なよと、彼は言っていたから一度は行ってみたい」
だが、ユーディアは今度はしっかりと言う。
ブルースはしばらく黙っている。
ユーディアが不安になるほどの沈黙だった。
ユーディアは、いつも一緒にいてくれるブルースがこれからも一緒にいてくれることを疑ったことはない。
村の女たちがブルースに色目を使っても、まったく彼は無視していたからだ。
親同士が決めた許嫁の彼が、ユーディアのことを好きかわからないし、自分も彼のことを好きなのかもわからなかったが、一緒にいるのが自然であった。
「ブルース、怒ったのか?」
「俺もついていくからな!」
ようやくブルースは言った。
どこに行くにしても、男髪でも女髪でも、ユーディアのそばには自分がいたいと思うブルースである。
ブルースはユーディアのことが初めて顔合わせをした10才のときから好きである。
女の子なのに、男よりも上をいく悪ガキ振りを見せる元気な子は、一緒にいて飽きなかった。
女の踊りにはまってからは、その悪ガキ振りは潜めていたが。
髪を降ろしたユーディアはきれいな娘にしか見えない。
どうしてもベルゼラに行きたいのなら、一緒に行き、そして戻ってくればいい。
と思うのだった。
その年の夏の夜、2頭の馬が夜通し走り続け、早朝にユーディアの村にたどり着いた。
フードを被る若者がそれぞれ馬にしがみつくように乗っていた。
モルガン族は、生き倒れのような二人を助ける。
医療テントに運び込まれたベルゼラ国人らしき二人を確認しに、ユーディアは駆けつける。
これが吉報なのか凶報なのか、東の民は決めかねていた。
ユーディアはその二人の内、ひとりに覚えがあった。
数年ぶりであっても見間違えることはなかった。
彼は、成長したジプサムだった。
「ジプサム!何をしている!こんなふらふらで、、」
彼らは脱水症状を起しかけていた。
「ユーディア、、良かった。たどり着けたんだ、、」
「あんた、馬鹿か?なんで、こんな急に、なんて無茶をするんだ?それに、もうひとりはお付きのものか?」
ジプサムの服装が、見たこともないほど、豪華な衣装である。もうひとりは、ジプサムほどではないが、きちっとした服装であった。
手離さない剣が物々しい。
ジプサムはその問いかけを無視する。
ユーディアの腕をがっつりとつかんで、体を起こそうとする。
彼は必死な顔をしていた。
「ユーディア、ここにいてはいけない!わたしと一緒にベルゼラに行くんだ!」
「いったいどういうことだ、、」
「近々、ベルゼラ軍がモルガン族を征伐にくる!!」
「なんだって、、?」
ユーディアの体が固まる。
後ろのブルースの息を飲む気配。
「わたしは、止められなかった!」
「いったいどうして、そんな急に、、」
「西のモルガン族が、ベルゼラ国人とこぜり合った!モルガンが、ベルゼラ国人を複数斬殺した。報復で、王軍が動いている!!」
「ベルゼラ国王はモルガンと戦うような男ではないが」
ゼオンが天幕の入り口で話を聞いていた。
「ひとまずは、西の話を聞かねばならないだろう。ジプサム、知らせてくれてありがとう。だが、あなたはここにいてはいけない。
あなたの身分を他のモルガンに知られれば人質になるかもしれない。
少し休んで、帰れるか?」
ジプサムはユーディアの腕を離さない。
「世継ぎは首をはねられるかもしれない!頼む、わたしとベルゼラに来てくれ!
わたしは友人を死なせたくないんだ!」
必死にジプサムは言う。
ベルゼラに行きたいと言っていたのはホンの数日前の話だった。
それは平和な時の話だった。
戦が始まるならば、なおさらモルガンを離れることがユーディアにはできない。
世継ぎとして育った年月は長い。
「ジプサム、教えに来てくれてありがとう、僕はここでやるべきことをする!」
「ここにいれば責任を問われて死ぬぞ!
ベルゼラには西も東も関係ないっ」
ジプサムは、一度心を定めたユーディアを動かすことができなかった。
彼は少し休んで、唇を引き結び、再び来た道を彼の護衛と共に引き返す。
危険を犯してやってきても、大事な友人を説得できなかった!
ジプサムはどうしても草原の友人を失いたくなかった。
そして、その翌日、勇猛果敢な西のモルガン族は、強い弓矢の改良版のクロスボウを手にする、100倍以上の兵を率いたベルゼラ王軍に壊滅的な打撃を受ける。
ベルゼラ軍は百戦練磨である。
東の者たちが駆けつけた時には、既に勝敗は決まり、西の村は焼かれていた。
東のモルガンの者は捕まる。
ユーディアたちは捕らえられる。
王軍を率いたのは、ベルゼラ国第一王子のジプサムだった。
第一話 完
ユーディアはジプサムのいない新年の祭りを何度も迎えていた。
ユーディアは17歳。
最近では、男髪に結うのも、月に半分になっていた。族長の世継ぎになると息巻いていたのは、何年も前だ。
最近では、父も母もユーディアに任せるとのことである。
「ユーディア」
ブルースはユーディアの抱えていた布を代わりに持ってやる。
新しく織り上げた手織りの布である。
「今日も髪を下ろしているのか」
「ああ、踊りの稽古をつけてもらっていたから、そのままにしてしまっていた」
ユーディアは自分の髪をくるくると指を巻いてみる。
「その髪をしていると、娘のようだな。このまま娘でいるのか?」
「娘、、、」
ユーディアはまだ決めかねていた。
娘として家族のために生きるのか、一族のためにその身を捧げて生きるのか、決めかねていた。
迷っていること自体、世継ぎでいる資格はないのかもしれないと思う。
どちらを選択しても、許嫁のブルースは良さそうだった。彼は族長になる器である。
ユーディアが表に立っても、ブルース自身が表に立ってもどちらでも良いようだった。
ユーディアは、そういう大物振りなところが、自分よりも族長に相応しいのかもしれないとも思う。
「一度、草原を出てみたい」
その言葉はユーディアから漏れ出ていた。
長年思っていたことだった。
だが、口に出したのは初めてだった。
「なんだって、、、?」
ブルースは驚く。
彼らはモルガン族を率いることを求められた若者である。
何かを聞き間違えたのかもしれないと思った。
「ベルゼラに来なよと、彼は言っていたから一度は行ってみたい」
だが、ユーディアは今度はしっかりと言う。
ブルースはしばらく黙っている。
ユーディアが不安になるほどの沈黙だった。
ユーディアは、いつも一緒にいてくれるブルースがこれからも一緒にいてくれることを疑ったことはない。
村の女たちがブルースに色目を使っても、まったく彼は無視していたからだ。
親同士が決めた許嫁の彼が、ユーディアのことを好きかわからないし、自分も彼のことを好きなのかもわからなかったが、一緒にいるのが自然であった。
「ブルース、怒ったのか?」
「俺もついていくからな!」
ようやくブルースは言った。
どこに行くにしても、男髪でも女髪でも、ユーディアのそばには自分がいたいと思うブルースである。
ブルースはユーディアのことが初めて顔合わせをした10才のときから好きである。
女の子なのに、男よりも上をいく悪ガキ振りを見せる元気な子は、一緒にいて飽きなかった。
女の踊りにはまってからは、その悪ガキ振りは潜めていたが。
髪を降ろしたユーディアはきれいな娘にしか見えない。
どうしてもベルゼラに行きたいのなら、一緒に行き、そして戻ってくればいい。
と思うのだった。
その年の夏の夜、2頭の馬が夜通し走り続け、早朝にユーディアの村にたどり着いた。
フードを被る若者がそれぞれ馬にしがみつくように乗っていた。
モルガン族は、生き倒れのような二人を助ける。
医療テントに運び込まれたベルゼラ国人らしき二人を確認しに、ユーディアは駆けつける。
これが吉報なのか凶報なのか、東の民は決めかねていた。
ユーディアはその二人の内、ひとりに覚えがあった。
数年ぶりであっても見間違えることはなかった。
彼は、成長したジプサムだった。
「ジプサム!何をしている!こんなふらふらで、、」
彼らは脱水症状を起しかけていた。
「ユーディア、、良かった。たどり着けたんだ、、」
「あんた、馬鹿か?なんで、こんな急に、なんて無茶をするんだ?それに、もうひとりはお付きのものか?」
ジプサムの服装が、見たこともないほど、豪華な衣装である。もうひとりは、ジプサムほどではないが、きちっとした服装であった。
手離さない剣が物々しい。
ジプサムはその問いかけを無視する。
ユーディアの腕をがっつりとつかんで、体を起こそうとする。
彼は必死な顔をしていた。
「ユーディア、ここにいてはいけない!わたしと一緒にベルゼラに行くんだ!」
「いったいどういうことだ、、」
「近々、ベルゼラ軍がモルガン族を征伐にくる!!」
「なんだって、、?」
ユーディアの体が固まる。
後ろのブルースの息を飲む気配。
「わたしは、止められなかった!」
「いったいどうして、そんな急に、、」
「西のモルガン族が、ベルゼラ国人とこぜり合った!モルガンが、ベルゼラ国人を複数斬殺した。報復で、王軍が動いている!!」
「ベルゼラ国王はモルガンと戦うような男ではないが」
ゼオンが天幕の入り口で話を聞いていた。
「ひとまずは、西の話を聞かねばならないだろう。ジプサム、知らせてくれてありがとう。だが、あなたはここにいてはいけない。
あなたの身分を他のモルガンに知られれば人質になるかもしれない。
少し休んで、帰れるか?」
ジプサムはユーディアの腕を離さない。
「世継ぎは首をはねられるかもしれない!頼む、わたしとベルゼラに来てくれ!
わたしは友人を死なせたくないんだ!」
必死にジプサムは言う。
ベルゼラに行きたいと言っていたのはホンの数日前の話だった。
それは平和な時の話だった。
戦が始まるならば、なおさらモルガンを離れることがユーディアにはできない。
世継ぎとして育った年月は長い。
「ジプサム、教えに来てくれてありがとう、僕はここでやるべきことをする!」
「ここにいれば責任を問われて死ぬぞ!
ベルゼラには西も東も関係ないっ」
ジプサムは、一度心を定めたユーディアを動かすことができなかった。
彼は少し休んで、唇を引き結び、再び来た道を彼の護衛と共に引き返す。
危険を犯してやってきても、大事な友人を説得できなかった!
ジプサムはどうしても草原の友人を失いたくなかった。
そして、その翌日、勇猛果敢な西のモルガン族は、強い弓矢の改良版のクロスボウを手にする、100倍以上の兵を率いたベルゼラ王軍に壊滅的な打撃を受ける。
ベルゼラ軍は百戦練磨である。
東の者たちが駆けつけた時には、既に勝敗は決まり、西の村は焼かれていた。
東のモルガンの者は捕まる。
ユーディアたちは捕らえられる。
王軍を率いたのは、ベルゼラ国第一王子のジプサムだった。
第一話 完