世継ぎで舞姫の君に恋をする
7、誇り
ベルゼラの第一王子ジプサムは側近を引き連れ、陣内を歩いていた。
モルガン族を征伐するために要した、ベルゼラ軍の被害は、壊滅させられたモルガン族に比べるとなきに等しいといえた。
今朝からのベルゼラの圧倒的な数と力で、西のモルガンは失われてしまった。
ジプサムは、ベルゼラ国王レグランから、草原の民のモルガン族に男たちが惨殺された事件を鎮めることを命じられた。
「お前は彼らをよく知っているだろう?王兵2000を連れていけ!」
国内は、草原の民を蛮族と呼び蔑んでいた。
ほんの数世代前は、彼らも同じ草原を駆けまわっていたのにも関わらずである。
惨殺された男たちは、国境沿いの町の有力者の息子とその悪友たちだった。
調べると彼らの良い噂を聞かなかった。
薬物、婦女暴行、窃盗、監禁事件、、、。
何をしてモルガン族を怒らせたのか、今となってはもうわからないが、5人とも切り刻まれて惨殺されたのには相当の訳があるのに違いなかった。
モルガンは怒りに任せず、その悪行をベルゼラに突きつけるべきであった。
だが、彼らはその遺体を、国境の内側へばらまいた。
やり過ぎたのだ。
ベルゼラ国内に、蛮族に対する憎しみと、報復を求める勢いは、ジプサムにはもはや止められなかった。
唯一の救いは、自分が征伐軍に入ることで、今回の西は助けられないかもしれないが、東のユーディアに警告し、助けられるかもしれないということだった。
昨日は軍を抜け出して、西へ警告はした。
ジプサムはできうる限りのことをした。
陣の外には、持ち帰られたモルガンの男の首が並ぶ。30はあるだろうか?
ジプサムは見知った顔を見つけて、眉を寄せた。
既に気分が悪くなるが、吐くのは後である。
側近のサニジンがジプサムに平然とつく。
「捕虜はあちらに捕らえています」
案内の兵がいう。
「わかった。この首は埋めておけ」
ジプサムはうんざりだったが、この軍の司令官は若いとはいえ、自分である。最後まで見届ける義務はあった。
彼らは陣のさらに奥の、男と、女と子供に分けられた柵に案内される。
女は炭や泥に汚れ、固まり震えながらも、子供を抱きかかえ、司令官を睨み付ける。
「ベルゼラの鬼畜め!よくも私の息子を!」高齢の女性が唾を吐いた。
兵により、棒で突かれて後ろに転がった。
「やめろ」
ジプサムはいう。
兵は不満げではあるが従った。
男たちはクロスボウに射られた者が多かった。血と呻きと、憎しみ。
細かい三つ編みの頭の男たち。
ジプサムは、ざっと見回し、そしてその体は硬直し、血が凍った。
その捕虜の檻の中に、あり得ない人物を見つけたからだ。
「なんでお前たちがいる!」
それは、ジプサムが軍の目を盗んで危険を犯してまで警告を届けた相手。
「ユーディア!ブルースに、カカにライード!
東のモルガンはこの件には関係ないだろ!」
司令官である、王子がモルガン族の捕虜と知り合いであることに、居合わせたベルゼラ兵は一様に驚いている。
「なんだ?お前、まさかベルゼラ軍のお偉いさんだったのか?
お前が人殺しの仲間だとは思わなかったな!」
ブルースが吐き出した。
その目は怒りに冷たく燃えていた。
「ジプサム、女と子供、そして怪我人を解放してくれ!西のモルガンは壊滅した。
怪我を負ったものも戦意は喪失している!
彼らが何をしたかわからないが、ベルゼラにひとつの村が、あ、あんな風にさせられるほど、ひどいことをしたようには思えない!」
ユーディアは必死でいう。
怪我をしていない、後から捕まった東の民の4人は両手首を縛られていた。
「ベルゼラの男たちが、モルガンの娘を暴行し殺害した。
こちらは相応の罰を与えた。
それに対する報復がこれか?」
ずっとだまっていた西の男が静かに言う。
それを聞いた兵はざわめく。
彼らは、モルガン族が、ベルゼラ国の若者を複数名惨殺したとしか聞きていなかったのだ。
「それでもだ!
目には目をは、ベルゼラでは通用しない。ベルゼラ人は我らの法の裁きに突き出すべきであった」
ジプサムは冷たく言う。
この結果が酷すぎるのは、ジプサムはわかっている。
ユーディアは体ごと、ジプサムのそばの柵に駆ける。
彼が、自分に逃げよと警告をしながら、一方で西の壊滅を指示したのか?
ユーディアには訳がわからなかった。
だが、わかったことは、この場の支配者は、短髪の古くからの、ユーディアの友人だった。
毎年来るのを楽しみにしていた都会の友人。
彼が来ると、何でもないことが楽しくなった。あんなに踊りを練習したのも、彼が来るかもしれないと思ったからだった。
「ジプサム!お願いだ!彼らを助けて欲しい!解放してくれ!せめて女たちだけでも!」
冷ややかに西の手負いの男たちは、ユーディアの命乞いを見守っている。
棒を持つ兵に突かれて、ユーディアは後ろに転がった。
ブルースがユーディアに駆けより、不自由な手で支える。
ジプサムは考える。
ジプサムは生き残ったモルガン族を助けたい。
ベルゼラ兵も騒ぎを聞き付けて集まって来ていた。
「確かに。ベルゼラ5名の命に対して、お前たちは、100倍以上の大きな代償を支払った!
これで、蛮族といえども、強国の力を思い知ったであろう?
女たちは即時解放しよう!
その汚く細いからだでは、ベルゼラの下働きもできず、閨の相手も満足にできまい!
男は、、」
ジプサムはブルースの頭を見た。
「その細かく結んだ汚い髪を切れ!
その頭はベルゼラの国民に、蛮族の恐怖を思い出させる!
それに、その頭はモルガンの男の誇りであろう?誇りを捨てる姿がみたいものだ!」
ジプサムはサニジンを顎で指示する。
サニジンは短剣を柵の内側へ放り投げた。
これで、彼らはベルゼラ兵も満足させ、無傷で解放される予定だった。
もちろん、大事な友人ユーディアも。
もう、元のような関係にもどれなくても、生きてくれるだけでよかった。
西の勇猛な男は、奪うようにその目の前に投げられた短剣を取った。
憎しみの籠る目で傲慢な王子を睨みながら己の髪を切る。
短くなった髪は、ボロボロとすこしほどけた。
切った毛を、ジプサムの前に投げた。
短剣を仲間に廻す。
助けがいるものは、仲間に助けられながら、西の勇猛果敢だったモルガンの男たちは髪を切り捨てていく。
それは、ジプサムがいう通り、彼らの誇りを自らの手で失うのと同様だった。
女たちの柵から、すすり泣きが大きくなる。
ベルゼラ兵は、喜び、囃し立てた。
ベルゼラ兵は、モルガンの戦士たちが一回りも小さくなった印象を受けたのだ。
西の男たちは、お互いに肩を貸し合いながら、解放される。
同時に女たちも解放される。
彼らが、ベルゼラの陣を去るのをユーディアは見届けた。
短剣はユーディアの手に残された。
ユーディアは、カカに手渡す。
「髪を切って、ここから出ろ」
「ユーディア?」
ユーディアの悪友たちは、ユーディアが髪を切らずに捕虜に残ることを決意したのを知る。
「ユーディアが切らないならば俺は切らない」
「え?馬鹿、切って出ろ!」
ユーディアはいう。
「僕はここに残り草原を出る!そしてわからないが、復讐のチャンスを狙う!」
ブルースは驚いた。
ユーディアは、今まさに捕虜となったとしても、草原を出るという決断をしたのだ。
復讐、、。
ブルースの中に重くのし掛かる。
「ブルースは髪を切って出てモルガンに残ってくれ!あんたが世継ぎになれ!僕はなれない」
ブルースも決断しなければならなかった。
ユーディアが草原の民に戻らない決断をしたのなら、ブルースの道も変わらなければならなかったのだ。
ブルースの道は常にユーディアと共にある。
「では俺もあなたと共に残る。モルガンの男の誇りを切り捨てることはできない!」
「なんだって?!」
「俺も!」
カカと、ナイードも自分の道を決めた。
見たところ、個人の運動能力からみると、いずれ隙をみて逃げ出せる目算があった。
今は、ユーディアのそばで彼女を守ることをしたかった。
ジプサムはしびれを切らした。
「残った4人は小さな檻に移しておけ!」
そして、小さく吐き捨てる。
「ユーディアの馬鹿者っ。人の気も知らないで、、、」
ジプサムは彼らを残して去る。
最後の言葉を拾ったのは、ジプサムの側近のサニジンだけであった。
モルガン族を征伐するために要した、ベルゼラ軍の被害は、壊滅させられたモルガン族に比べるとなきに等しいといえた。
今朝からのベルゼラの圧倒的な数と力で、西のモルガンは失われてしまった。
ジプサムは、ベルゼラ国王レグランから、草原の民のモルガン族に男たちが惨殺された事件を鎮めることを命じられた。
「お前は彼らをよく知っているだろう?王兵2000を連れていけ!」
国内は、草原の民を蛮族と呼び蔑んでいた。
ほんの数世代前は、彼らも同じ草原を駆けまわっていたのにも関わらずである。
惨殺された男たちは、国境沿いの町の有力者の息子とその悪友たちだった。
調べると彼らの良い噂を聞かなかった。
薬物、婦女暴行、窃盗、監禁事件、、、。
何をしてモルガン族を怒らせたのか、今となってはもうわからないが、5人とも切り刻まれて惨殺されたのには相当の訳があるのに違いなかった。
モルガンは怒りに任せず、その悪行をベルゼラに突きつけるべきであった。
だが、彼らはその遺体を、国境の内側へばらまいた。
やり過ぎたのだ。
ベルゼラ国内に、蛮族に対する憎しみと、報復を求める勢いは、ジプサムにはもはや止められなかった。
唯一の救いは、自分が征伐軍に入ることで、今回の西は助けられないかもしれないが、東のユーディアに警告し、助けられるかもしれないということだった。
昨日は軍を抜け出して、西へ警告はした。
ジプサムはできうる限りのことをした。
陣の外には、持ち帰られたモルガンの男の首が並ぶ。30はあるだろうか?
ジプサムは見知った顔を見つけて、眉を寄せた。
既に気分が悪くなるが、吐くのは後である。
側近のサニジンがジプサムに平然とつく。
「捕虜はあちらに捕らえています」
案内の兵がいう。
「わかった。この首は埋めておけ」
ジプサムはうんざりだったが、この軍の司令官は若いとはいえ、自分である。最後まで見届ける義務はあった。
彼らは陣のさらに奥の、男と、女と子供に分けられた柵に案内される。
女は炭や泥に汚れ、固まり震えながらも、子供を抱きかかえ、司令官を睨み付ける。
「ベルゼラの鬼畜め!よくも私の息子を!」高齢の女性が唾を吐いた。
兵により、棒で突かれて後ろに転がった。
「やめろ」
ジプサムはいう。
兵は不満げではあるが従った。
男たちはクロスボウに射られた者が多かった。血と呻きと、憎しみ。
細かい三つ編みの頭の男たち。
ジプサムは、ざっと見回し、そしてその体は硬直し、血が凍った。
その捕虜の檻の中に、あり得ない人物を見つけたからだ。
「なんでお前たちがいる!」
それは、ジプサムが軍の目を盗んで危険を犯してまで警告を届けた相手。
「ユーディア!ブルースに、カカにライード!
東のモルガンはこの件には関係ないだろ!」
司令官である、王子がモルガン族の捕虜と知り合いであることに、居合わせたベルゼラ兵は一様に驚いている。
「なんだ?お前、まさかベルゼラ軍のお偉いさんだったのか?
お前が人殺しの仲間だとは思わなかったな!」
ブルースが吐き出した。
その目は怒りに冷たく燃えていた。
「ジプサム、女と子供、そして怪我人を解放してくれ!西のモルガンは壊滅した。
怪我を負ったものも戦意は喪失している!
彼らが何をしたかわからないが、ベルゼラにひとつの村が、あ、あんな風にさせられるほど、ひどいことをしたようには思えない!」
ユーディアは必死でいう。
怪我をしていない、後から捕まった東の民の4人は両手首を縛られていた。
「ベルゼラの男たちが、モルガンの娘を暴行し殺害した。
こちらは相応の罰を与えた。
それに対する報復がこれか?」
ずっとだまっていた西の男が静かに言う。
それを聞いた兵はざわめく。
彼らは、モルガン族が、ベルゼラ国の若者を複数名惨殺したとしか聞きていなかったのだ。
「それでもだ!
目には目をは、ベルゼラでは通用しない。ベルゼラ人は我らの法の裁きに突き出すべきであった」
ジプサムは冷たく言う。
この結果が酷すぎるのは、ジプサムはわかっている。
ユーディアは体ごと、ジプサムのそばの柵に駆ける。
彼が、自分に逃げよと警告をしながら、一方で西の壊滅を指示したのか?
ユーディアには訳がわからなかった。
だが、わかったことは、この場の支配者は、短髪の古くからの、ユーディアの友人だった。
毎年来るのを楽しみにしていた都会の友人。
彼が来ると、何でもないことが楽しくなった。あんなに踊りを練習したのも、彼が来るかもしれないと思ったからだった。
「ジプサム!お願いだ!彼らを助けて欲しい!解放してくれ!せめて女たちだけでも!」
冷ややかに西の手負いの男たちは、ユーディアの命乞いを見守っている。
棒を持つ兵に突かれて、ユーディアは後ろに転がった。
ブルースがユーディアに駆けより、不自由な手で支える。
ジプサムは考える。
ジプサムは生き残ったモルガン族を助けたい。
ベルゼラ兵も騒ぎを聞き付けて集まって来ていた。
「確かに。ベルゼラ5名の命に対して、お前たちは、100倍以上の大きな代償を支払った!
これで、蛮族といえども、強国の力を思い知ったであろう?
女たちは即時解放しよう!
その汚く細いからだでは、ベルゼラの下働きもできず、閨の相手も満足にできまい!
男は、、」
ジプサムはブルースの頭を見た。
「その細かく結んだ汚い髪を切れ!
その頭はベルゼラの国民に、蛮族の恐怖を思い出させる!
それに、その頭はモルガンの男の誇りであろう?誇りを捨てる姿がみたいものだ!」
ジプサムはサニジンを顎で指示する。
サニジンは短剣を柵の内側へ放り投げた。
これで、彼らはベルゼラ兵も満足させ、無傷で解放される予定だった。
もちろん、大事な友人ユーディアも。
もう、元のような関係にもどれなくても、生きてくれるだけでよかった。
西の勇猛な男は、奪うようにその目の前に投げられた短剣を取った。
憎しみの籠る目で傲慢な王子を睨みながら己の髪を切る。
短くなった髪は、ボロボロとすこしほどけた。
切った毛を、ジプサムの前に投げた。
短剣を仲間に廻す。
助けがいるものは、仲間に助けられながら、西の勇猛果敢だったモルガンの男たちは髪を切り捨てていく。
それは、ジプサムがいう通り、彼らの誇りを自らの手で失うのと同様だった。
女たちの柵から、すすり泣きが大きくなる。
ベルゼラ兵は、喜び、囃し立てた。
ベルゼラ兵は、モルガンの戦士たちが一回りも小さくなった印象を受けたのだ。
西の男たちは、お互いに肩を貸し合いながら、解放される。
同時に女たちも解放される。
彼らが、ベルゼラの陣を去るのをユーディアは見届けた。
短剣はユーディアの手に残された。
ユーディアは、カカに手渡す。
「髪を切って、ここから出ろ」
「ユーディア?」
ユーディアの悪友たちは、ユーディアが髪を切らずに捕虜に残ることを決意したのを知る。
「ユーディアが切らないならば俺は切らない」
「え?馬鹿、切って出ろ!」
ユーディアはいう。
「僕はここに残り草原を出る!そしてわからないが、復讐のチャンスを狙う!」
ブルースは驚いた。
ユーディアは、今まさに捕虜となったとしても、草原を出るという決断をしたのだ。
復讐、、。
ブルースの中に重くのし掛かる。
「ブルースは髪を切って出てモルガンに残ってくれ!あんたが世継ぎになれ!僕はなれない」
ブルースも決断しなければならなかった。
ユーディアが草原の民に戻らない決断をしたのなら、ブルースの道も変わらなければならなかったのだ。
ブルースの道は常にユーディアと共にある。
「では俺もあなたと共に残る。モルガンの男の誇りを切り捨てることはできない!」
「なんだって?!」
「俺も!」
カカと、ナイードも自分の道を決めた。
見たところ、個人の運動能力からみると、いずれ隙をみて逃げ出せる目算があった。
今は、ユーディアのそばで彼女を守ることをしたかった。
ジプサムはしびれを切らした。
「残った4人は小さな檻に移しておけ!」
そして、小さく吐き捨てる。
「ユーディアの馬鹿者っ。人の気も知らないで、、、」
ジプサムは彼らを残して去る。
最後の言葉を拾ったのは、ジプサムの側近のサニジンだけであった。