【完】さつきあめ〜2nd〜
エントランスですれ違った女は、両手にスーパーの袋をぶら下げて、上下黒のスエットの上に不似合いなファーの白いコートを羽織っていた。髪を1本に結び、化粧っ気の一切ない顔で、でもそのすっぴんの顔は見覚えがあって、いつかを思い出した。
あぁそうだ、このマンションは…。
女はスーパーの袋を放り出して、わたしに駆け寄ると、力いっぱい抱きしめた。痛い程強い力で、わたしの体を抱きしめた。
「……由真さん…」
「何やってんのよ、あんた…
こんなに痩せちゃって…」
自分が思っているより、わたしを心配している人はこの世界にたくさんいる。
そう思い知ったのは、わたしを抱きしめて、顔を覗きこんだ由真の、化粧っ気のない瞳が赤く潤んでいたからだった。
苦しいほどの抱擁の中で、やはり美優たちの顔を思い出した。
朝日の事だからわたしの安否は伝えられているはずだ…。
でも朝日は絶対に自分と一緒にいるとは言っていないはずだ。
それは由真の驚きようでわかる。
「ごめんなさい…」
「謝るとかでーでもいいから!
小笠原さん心配してたのよ?!」
「小笠原さん…」
由真に言われるまで気づいていない自分に愕然とした。
小笠原だけじゃない。わたしには、わたしを指名してわざわざお店に来てくれるお客さんが沢山いて、わたしはキャバ嬢であの場所で夢を売っていた。
最低だ。自分の事ばかり考えて、お客さんの事を考える余裕すらなくて。