【完】さつきあめ〜2nd〜
「ごめん…」

「だいじょうぶかよ。おっさん来るって言ってたけど…」

わたしにしか聞こえないくらいの小声で涼が言った。

「そんなん平気だよ…」

わたしは努めて明るく振舞って、涼へ笑顔を見せた。
今日は美優の最後の日。自分の私情でこんな顔を美優に見せてはいけない。
それでもやっぱり涼はわたしの感情をくみ取ったかのように困った顔をしている。いつだって言いたい事をはっきり言うくせに、こっちが本当に辛い時は厳しい事を言ったりしないし、優しい言葉ばかりかけてくる。涼ってそういう人だ。

「涼、飲もう、飲もう」

「あぁ…」

どれだけお酒を飲んでも酔っぱらえなかった。
時間は無情にも過ぎて行って
美優は色々な卓をくるくると回っていて、そこで様々な表情を見せていた。泣いたり、笑ったり。
それとは対称的に菫は淡々といつも通り仕事をこなしていた。

そんな風に時間が流れていく中、小林が慌ててお店の入り口に走っていく姿が見えた。
付け回しをしていた高橋が、わたしをちらりと見て、すぐに目を逸らしたのが分かった。それと同時に菫もお店の入り口を見つめる。


そこにいるだけで存在感を放つ存在がこの世にはいる。それをわたしは知っていて、あの人は出会った時からそういう人だった。

腰を低くしてテーブルへと案内する小林の後ろから、40代くらいの見るからにお金持ちそうな男の人を連れて、朝日は出会った頃のように王様みたいに笑っていた。
どうしてよりによって今日なのだろう。
わたしが座るソファーから、朝日が座るテーブルはばっちりと見えた。

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