【完】さつきあめ〜2nd〜

俺が物心つく前には母親は家に滅多にいなくて、父親も仕事で不在がちだった。
子供の面倒は、何人かいた屋敷の家政婦がしてくれていた。
もっともそれが俺にとって普通で、それを不幸だとは思った事がない。
そんな俺の前に現れたのが、朝日という、俺の腹違いの兄貴だった。

絵に描いたような不幸な容姿。その姿に、俺はとらわれてしまったのだ。

与えられた人間は、与えられなかった人間に譲らないといけない。それが子供ながらの俺の正義だった。
けれども与えらた人間だとばかり思っていた自分が、小さい頃羨ましく思っていた普通の一般家庭で得られる幸せを与えられていなかったことに気づいたのは、大人になってから。
だからまだ小さな頃の俺は幸せだったのだと思う。
与えられている自分に優越感を感じられていたのだから。

仕事仕事。とにかく仕事ばかりで家庭を省みなかった父親が憂いの瞳を持って、兄貴を見つめているのに気づいたのは、兄貴が来てから暫く立ってからだった。
それは俺にも綾にも向けられた事のない、特別な物だった。
’この人、こんな顔をするのか’
けれどそんな事に傷つきやしない。なんていったって兄貴は与えられなかった側の人間なのだから。
それとは対称的に、母親は汚いものでも見るみたいに兄貴を見ていたのが印象的だった。

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