【完】さつきあめ〜2nd〜
小さい時から俺はと言えば可愛げのない子供だったわけで、自分がどうすれば人に愛されるか、どうすればその場が丸く収まるか、そういうのをいちいち計算するような可愛げのないガキだった。
そういう人間に成りたかったのだ。そして自分がそういう人間で在りたかった。
そんな話をさくらにすれば平気で笑い飛ばして、いいじゃないって呆気らかんと答えた。
周りの事を考えて、自分がどういう振る舞いをすればいいなんて考えるなんて、思いやりがある人間の証拠だ、って言った。
果たしてそうだっただろうか。
俺は小さい時から人より沢山の物を得ていながら、何も手にしていない事も知っていた。
だから自分の手の中にある物なら何でも人に譲った。でも後になってから気づく。俺が手にしていた物は俺が欲しかった物ではない。本当に欲しい物ではなかったから、平気で人に譲る事が出来た。
本当に欲しかった物は、幼い頃川沿いで見ていた、どこにでも有り触れた幸福な家庭だった。
俺がもしも父親と母親と綾と、たとえどんな小さな家であっても幸せが流動するような家に生まれていたのなら、兄貴の事を疎ましく思ったに違いない。憎んでいたに間違いない。
幼い頃から少しおかしかった家庭に、愛情のない両親、そして俺よりずっと不幸な生い立ちだった兄貴。そんな自分より不幸な兄貴だから、あんなに愛せたのだと思う。
どんなに光りの中にいても、心の奥底に隠し切れない憎悪。
だからこそ、さくらという存在は眩しかったし、こんな人間がこの世にいるのかと思った。
好きだと気づいた日から、恋人に変わった日。いまでも覚えている。
その日も普通の営業が終えた日で、送りでさくらを家まで届けている日で
家までの道を少し遠回りして、何気ない話でふたりで笑っていた。