【完】さつきあめ〜2nd〜
「それでも、俺はあの言葉が嬉しくてずっと支えられてきた…」
「だからあんなの全部嘘だったって言ってるんだ!」
「嘘の言葉でも救われてきた人間がいた。
それでいいじゃねぇか……」
綾の鼻をすする声が聞こえて、その手が俺の背中へとのびていく。
兄貴はずっと俺を抱きしめてくれた。
それは打算という感情とはかけ離れていて、まるで小さい頃3人で遊んでいた頃のような木漏れ日みたいに温かいもので
さくらがいて、3人で笑いあえていた日々にも似ている気がした。
ずっと隠しておくつもりだった。兄貴に罪を感じてもらうのと同時に、自分自身が犯した過ちを忘れないように。
けれどひとりで抱えるには重すぎて、本当は誰かにずっと聞いてもらいたかった。
罪を償いたかった訳じゃない。償える罪だとは思っていない。愚かな自分を、誰かに認めてもらいたかった。
誰かなんかじゃない。目の前にいるこの人に
自分と同じ体温を持つ、この人にだけ。
数10年前。
俺は自分が光りの中にいる存在だと思っていた。
自分は人に優しくなければいけない。正しくなくてはいけない。この家を継ぐのは俺でなくてはいけない。
呪いのようにかけられた言葉に、支配され続けた。でもそれは同時に俺が自分自身にかけた呪いでもあったのかもしれない。
光りの中で、小さくみすぼらしい少年が佇んでいた。
下から、俺をずっと見つめていたその瞳は
強い強い光りを放っていた。
俺の中で時を止め続けたあの光景。
俺を見つめる、余りにも強すぎる瞳の中で
けれどもう、あの大きな階段の下にあの少年はいない。
小さく、みすぼらしかった少年は、どこにもいない。
もういまは俺のずっと前を足早に駆けていく姿しか。
けれどあの頃のと同じ強い眼差しは変わらないまま。
俺はずっと宮沢朝日になりたかった。
あなたのように選ばれる人間に成りたかっただけ。