【完】さつきあめ〜2nd〜
雇われていた家政婦の女がバタバタと屋敷内を駆け出して玄関まで向かっていくのが分かった。
綾の動きが止まる。
それに合わせて俺は煙草を灰皿へ押し付けた。
この家に帰ってきたのは実に出て行ってぶりだった。
もう何10年も帰ってないと思うと、やけに小さく見えたりもするもんだ。
親父は特別に俺を可愛がることもなかったし、家族らしい会話もした事はなかった。
けれどこの家に住んでる限り不自由はした事がなかったし、望むのならば高校だって大学だって行かせると言っていた。
けどその全てに反抗した。
あの頃の俺は中学を卒業して、自分の足で好きな場所に行って、自分の手で金を稼ぎ、自分の夢を誰の力でもなく自分の力で叶えたかった。
けれど、夢を見た事がなかった。
俺は俺の出来る事をがむしゃらにやってきて、金を稼いだり誰からも羨まれる生活を手にはいれたけど、やっぱりそれは自分が見た夢ではなかったのだ。
目の前の、歳を重ねた男を見返すためだけに生きていた。
でも本当は見返したわけじゃなかった。認められたかったのだ、と今になり思う。
家族になりたかったのだと。
「あぁ。朝日か。久しぶりだな。
おかえり」
俺を見るなり、父親は目を細めて言った。
口数の少なかった父親が幼い頃から怖いと思っていた。けれど目の前に立つ男は白髪混じりの年をとったただの男だった。
あんなに大きく見えた背中も、何故か頼りなげに見える。
これが時間を重ねるということ。