ビターのちスイート
別れへのプロローグ
二月一日、午後一時過ぎ。

高梨杏奈(たかなし あんな)は、昼のランチをするために職場であるチョコレート専門店『ショコラ・ショコラ』を出て、表参道を歩いていた。

職場の場所柄、オシャレで美味しいお店はたくさんある。毎日外でランチをするにはお財布が苦しいけれど、普段はお弁当を手作りし月に何度か自分へのご褒美で美味しいランチを食すのは、社会人六年目の杏奈の楽しみの一つでもあった。

今日は日中の気温があまり上がっておらず、頬にあたる風がいつもよりも冷たい。

杏奈が今日のランチは体の温まるメニューにしようと考え、お目当てのお店に向けて角を右に折れようとしたその時だった。

大きな道路を挟んで反対側の歩行者道を、彼氏である赤瀬幸弘(あかせ ゆきひろ)が歩いていた。

銀座に勤務先のある幸弘が、平日の昼間に表参道を歩いている。それは別に不思議なことではない。

大手化粧品メーカー『香月化粧品』で働く幸弘は、CM制作といった広報活動に携わっている。

外出することも多く、時々は杏奈の働く『ショコラ・ショコラ』に顔を出し、差し入れの手土産を購入することもあった。

杏奈が引っかかるのは、幸弘がここを歩いていることではない。

一緒に歩いているのが今をときめく新進女優であること、そして笑顔で歩く幸弘の右手には、プレゼントと思わしきブランドの袋が下げられていることだった。

「そりゃ、私が連絡しなくなっても気にするわけないか」

杏奈は大きなため息をついて、元来た道を戻って行く。

「どうした、高梨。ついさっき、昼休憩に出たばかりだろう?」

「……あー、なんだか食べる気失せちゃって」
< 1 / 48 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop