ビターのちスイート
優しい声が聞こえてきて、杏奈は勢いよく振り返る。
そこには、川崎の妻である亜依子が笑いながら立っていた。
「後は私が片付けておくから。楽しんでいらっしゃい」
基本的に、川崎はチョコレートのことしか考えていないため、店の売り上げなどの管理は主に亜依子がとりまとめているのだ。
亜依子の横に川崎がスッと立ち、肩に手を置く。
「高梨がいればもっと仕事ははかどるけどな。俺もたまには奥さんとふたりで残業したいんだよ」
「そうそう。だから、行ってらっしゃい」
おどけたように話す川崎夫妻は、杏奈が出会ってから十二年、変わらず仲がいい。
そんなふたりをうらやましく思いつつ、杏奈は大きくうなずいた。
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
ふたりに手を振り、杏奈は母との待ち合わせである羽田空港へと出発した。
空港へ向かう電車の中、窓に映るビル群を見ながら幸弘のことを思いだす。
幸弘は今日も、遅くまで仕事に励んでいるのだろうか。
それとも、この間会ったあの女優と一緒に仲良く食事でもしていたりするのだろうか。
考えるのをやめようと思っていても、ふとしたときに思い出すのは幸弘のことばかり。