ビターのちスイート
気づいた足音
杏奈が『ショコラ・ショコラ』を出て、マレーシアへ向かうために空港にいた頃、幸弘は香月化粧品の本社ビルの一室にいた。
今日はこの間撮影したCMの試写会があり、プロジェクトリーダーを務めた幸弘は、会社の役員たちやCM制作スタッフなどの対応に追われていた。
試写会は大盛況のうちに終わり、上司であるマーケティング部長も嬉しそうな顔で幸弘の肩を叩き、社長と共に部屋を後にしていく。
「赤瀬さん」
名前を呼ばれ振り向くと、今回のCMに出演してくれている若手女優の木下マリアがマネージャーと共に立っていた。
アメリカ人の父と日本人の母を持つマリアは、抜群のスタイルと整った顔立ちでひときわ目を引く。
しかし彼女の魅力は外見だけではない。いつも笑顔を絶やさず礼儀正しい姿は好感度が高く、方々から人気を博している。
「今回は本当にお世話になりました」
「こちらこそ。いいCMが作れました」
幸弘の言葉にマリアがニッコリと笑顔になる。
「ポスター撮影のときも、買い物にまで付き合ってもらっちゃってすみませんでした」
「気に入ってもらえましたか? お父さん」
「はい。さっそく私がプレゼントしたその日から、使ってくれています」
「それはよかった」
「あの節は、本当に赤瀬さんにはお世話になりました」