ビターのちスイート
思わせぶりな本山の態度に、普段あまり心情を顔に出さない幸弘の眉間にもシワがよる。
「杏奈さん、実は……イテッ」
「本山。油売ってるヒマがあるなら仕事しろ」
「えー。止めないでくださいよ、店長。今から面白いところだったのに」
「いいから、戻れ」
「……はーい。あーあ、もっと杏奈さんのエセ爽やか彼氏と話したかったのに」
だからそのネーミング……。と、幸弘は心の中で思いつつ、本山の後ろ姿を見送った。
「店長の川崎です。うちの従業員が失礼いたしました」
「あ、赤瀬と言います。こちらこそ突然すみません」
川崎のことは杏奈からよく聞いている。尊敬する上司だと。
深々と頭を下げた幸弘が顔を上げると、川崎は苦笑いをしながら幸弘に言った。
「さっきあいつから聞いたとは思うが、高梨は休みだぞ」
「風邪とか、ですか?」
「いや。計画的に取ったものだ。それに、風邪じゃないのは君が一番よく知っているんじゃないか?」
幸弘の頭の中に、杏奈が昔言っていた、『店長には隠し事できないんだよねぇ』という言葉が広がっていく。