ビターのちスイート
「でも、すっごく楽しそうに笑ってた。正直、遠目から見てもふたりお似合いで……。だから私、幸弘は彼女の方に心変わりしたから、もう私には連絡をくれないんだって思って」
「……だから、俺の荷物を段ボールに?」
幸弘の言葉に、杏奈は大きくうなずく。
「何も言わずに?」
「……面と向かって別れを告げられるくらいなら、私のほうから消えようと思って……」
「っ、何言ってんだよ。俺が杏奈と別れるなんて思うわけないだろ。これだけは信じてくれよ。頼むから……」
幸弘に抱きしめられる寸前、杏奈の目に映った幸弘の顔は泣きそうな表情だった。
杏奈の耳元で、幸弘の鼓動がいつもより早いリズムを刻んでいる。
「頼む、杏奈。別れるなんて言わないでくれ」
「……本当に、木下マリアとは何にもないの?」
「ああ。俺が好きなのは杏奈だけだ」
「これからは、ちゃんと連絡取ってくれる?」
「出来る限り、返事はする」
幸弘の答えに杏奈からの返事はない。不安そうに杏奈の名前を呼ぶ幸弘の腕の中で、杏奈は小さく笑い声をあげた。
「出来そうにない約束はしないあたり、幸弘らしいね」