ビターのちスイート
杏奈が頭を下げると、川崎は何も言わずに厨房へと戻って行った。
川崎と入れ替わりに杏奈の隣にやって来たのは、先程杏奈と川崎の側を通り過ぎた本山だ。
「あーあ。杏奈さん、結局別れなかったんですね」
人懐っこい笑顔で毒づく本山に対し、杏奈は無言で応える。
「俺、結構本気で立候補してたんだけどな」
いつもと違うトーンで語る本山の顔は、普段とは違う真剣な顔をしている。
そんな本山の姿に、杏奈も本音で語ろうと向かい合った。
「ごめん。本山くんが言ってたこと、冗談だとばかり思ってた」
「仕方ないですよ。俺自身が冗談でとられても大丈夫なようにふるまってたんだから」
初めて見る本山の寂しそうな顔に、杏奈の心は複雑だ。
そんな杏奈の心を読み取ったのか、本山はいつものような人懐っこい笑顔に戻り、明るい声で杏奈に声を掛けた。
「そんな顔しないで下さい。これからもいつも通り、先輩としてよろしくお願いします」
「本山くん……」
「俺だって、杏奈さんに負けないくらいのいい女捕まえますから。その時には杏奈さんにもエセ爽やか彼氏にも自慢しに行きますから」
その言葉に、杏奈の顔に笑顔が戻る。