一昔前の、中学生活
序章
4月5日。
例年以上に長引いた冬の寒さをやっと通り抜け、東京都の中心部にも桜が満開に咲いていた。
忙しい都会の朝は、目まぐるしくも、新しい環境への期待と不安を隠しきれない人々が桜の満開に目を止める暇もなく行き交っていた。
物語の舞台となるここ、私立旭堂中学校の校門でも、新しい制服に身を包んだ新入生が堅苦しい面持ちで静かに構える黄金の象のをくぐり抜けていた。
旭堂中学校は、都内トップクラスの進学校で、いわゆる政治家の息子や大手一流企業の娘などが生徒の殆どである。
新入生全450名と、ここ数年で最高の記録をむかえた中で、一際目立つ存在が象の下をゆっくりとくぐり抜けた。
何が目立つかと、まずはその容姿だ。
柔らかな栗毛で少しくせ毛の頭は、他の生徒の頭一つを抜かすくらいの位置にあった。
その長身には合わない程の小さな顔。
整った睫毛が縁取る目は大きく、筋の通った綺麗な鼻の下には赤くてふっくらとした唇。
誰もが振り向いてしまうほど美しい外見は、テレビに出ている俳優のそれのようだ。
全体的に柔らかい印象を与えるが、体は鍛えられているようにしっかりとしていた。
校門にいた生徒の殆どの視線を受けながらも、気にする様子なくゆっくりと歩いていくその男子生徒は、今から新入生代表の挨拶の打ち合わせに向かうのだ。
旭堂中学校では、入学前に試験を受ける。
その試験で首位の者が新入生代表の挨拶をする方針なのだ。
また、校門で今から三年間過ごすであろう新しく豪華な校舎に向かうのも忘れて彼に見入っていた中の数人は、きっと彼をどこかで見たことがあるという理由の者もいるだろう。
関東地区の、ソフトテニスの強化選手は全員彼を知っている。
今彼が歩いて行く姿を見た者は誰もが思うだろう。
『きっと彼の人生は順風満帆だったに違いない。』
しかし、それは全くの間違いである。
全てが備わっているように見える彼は、そこにいた誰よりも壮絶な人生を送っていたのだった。
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