一昔前の、中学生活
第三節 口論
※五郎side※
「お前また清和と関係持っただろ。」
6月の総合大会の一週間前。
学校枠として個人戦に20ペアが出られる中、瑠千亜と組んだ俺は初心者にも関わらず校内戦の順位的に、何故かその20ペアの中に入り込むことが出来た。
俺は前衛というポジションな為、一年の中では最も腕の優れた前衛である、優に大会までの間、前衛として必要な様々な知識、動き、技量、更に心構えまでみっちり教えられている。
毎日放課後の練習の後に、優のひとり暮らしのマンションの近くのテニスコートを借りて、ひたすらボレー練習やスマッシュ練習などの前衛練習は勿論、サーブレシーブや、ストローク練習など、基礎的な練習をしたり、
優の家でテニス専用の本やビデオ、去年までの全中の試合のビデオまで先輩から借りて、見ながら優が解説する、などといった、実に熱血指導を受けている。
優曰く、『お前はきっとこの学園で俺に次ぐ前衛になれるはずだ。』ということらしく、沢山の名だたる先輩方の中でも自分がナンバーワンの前衛だという迷いのない自覚や、俺への何を根拠にしたか分からぬ期待など、疑問に思うことは多々あれど、
初心者の身として、そのナンバーワン前衛様のご期待を有りがたく受け取り、
日々こうして豪華にもナンバーワンのお方の猛特訓に励んでいる次第である。
今日は土曜日である。
この学園のテニス部は、練習内容はかなり厳しいが、適度な休息も必要であるとのことで、毎週日曜日は休練という制度になっている。
......まあ、全国選りすぐりのテニス馬鹿たちが集まる学園で、そんな日曜休みをその意義の通り有りがたく有効に休暇として使っている者はほぼ居ない訳だが。
とにかく、明日もこのナンバーワン前衛様の厳しい特訓があるとはいえども、普段より開始の時間を遅める予定ではあるので、今は特訓後、ひとり暮らしで誰もおらぬ優の家でまったりと二人で過ごしていた訳である。
冒頭の唐突な優の言葉に疑問を抱く。
「.........なぜバレた。」
はぁーーー、と優の長い溜息が響く。
だいたい、テレビもつけずに毎日こんな自らの溜息が響くような部屋に住んでいるのか、この男は。
これで、よく気が病んだりしないものだ。
「気が病んでるのはお前だろ。」
呆れた顔で頭を抑えながらこちらを睨みつけながら優が言う。
おお、こわいこわい。
「む、言葉に出してしまっていたか。」
「出さなくてもなんとなく分かるわ。どうせこの静かな部屋を見て俺の精神状態について要らんことを考えていたんだろ。」
「うむ。確かに音もなく、物もない部屋だ。」
「余計なお世話だ。.......それより、話を逸らすな五郎。関係がバレた後の第一声があれかよ?それこそお前の頭の中が心配だ。一体、思考回路がどうなっているのか...」
「なに、今に始まったことではなかろう。俺が誰とどんな関係を持とうと、干渉しないのが優ではなかったのか?」
「それはお前に呆れてたからだ。.....今回も呆れてるけどな。お前はもっと普通の恋愛ができたりしないものか?」
「そのままそっくり返すぞ優。何度俺や瑠千亜が揺さぶりをかけても何の進展もない。ただでさえ不毛な恋だ。もう少し行動に移したらどうだ?」
「お前、黙らないと明日から練習に付き合わないぞ...」
「いや、今は二人きりであるから人目を憚ることもないし、言わせてもらうぞ。優、どうなのだ?今のままでいいのか?」
じっと詰めるように優を見て物申す。
こいつは.......
自分が恋焦がれる男とは何年も共に過ごしているはずなのに、全く何の行動も起こさない。
更に相手が稀に見るレベルの鈍感と来た。
故に表向きは仲睦まじい親友ということで関係は保たれているが、これより先もこのままで良いのか.......
「うるさい。これは俺の問題だ。」
「いや違うな。お前だって隼の気持ちに気づかないほど馬鹿者じゃなかろう。」
「気づいたからどうなるんだ。俺があいつの邪魔をする権利はないだろ。」
「それは本心か?本当に、隼が誰かと付き合っても、お前は冷静でいられるのか?」
「何が言いたい。」
「だったら何故梨々さんの呼びかけに応じる。」
俺の咎めるような言葉に、先程までは頬杖をついてしらばっくれていた優が一瞬固まったのを見逃さなかった。
「優、お前の事だ。どうせ隼の気持ちにも、梨々さんの気持ちにも気づいているんだろう?もしそれでもお前が隼の幸せを思えるのなら、早急に梨々さんからは身を引くはずだ。」
「身を引くも何も、まだ何の関係にも発展していない。」
「関係どうこうではない。お前が梨々さんの呼びかけに応じるれば応じる程、梨々さんも隼も、優にもその気があるのかと期待してしまうのは考えれば分かることだろう。隼は自分の気持ちを押し殺して梨々さんを応援しているんだぞ。梨々さんの幸せを願っている。心からお前とくっつけばいいと思っている。そんな中で散々思わせぶりにしておいて結局梨々さんには気がなかったことが分かれば、梨々さんも隼も傷つくことになるのだぞ。」
「思わせぶりな態度を俺がいつ取ったと言うんだ。」
「まだしらばっくれるか。この頑固者め。では聞く。どうせお前は隼以外には心が動かないのだろう。それなのに、何故明らかに自分に好意を抱いている梨々さんに対してはっきり断らないのだ。」
「別に俺は期待を持たせるつもりで一条と話したりしている訳ではない。普通に友人の一人として接しているだけだ。それでは何か問題か!」
「お前は其のつもりかも知れぬが、他の二人がそうは取らないはずだと言っているんだ。」
「だとしたら何だ。俺は必要以上に一条に冷たくしろとでも言うのか?それこそ二人を傷つけることになるだろ。違うか?」
「冷たくしろとまでは言っとらんだろう。ただ、いずれ二人を傷つけるのは決まっていることだ。これは仕方のないことだ。誰も悪くない。しかし、その時期があまりに遅いとその分ショックが大きくなると言っているんだ!」
「はっきり喋ってくれ。さっきから要領を得ないぞ。結局お前は何が言いたいんだ!?」
「梨々さんをはっきり断って、傷ついた二人が結ばれるのを避けているのだろう!?どうだ!?違うか!?」
思わず感情的になってしまって声を荒げた。
この不気味なほどに静かな部屋には、俺の声がこだまのように響いた。
「................邪推も良い所だ。五郎、これからこの話をしたら俺はお前と絶交も考えるぞ。」
「絶交でも何でもすればいい。態度の煮え切らぬ男ほど情けないものは居らんからな。」
「煮え切った行動をすれば何とかなる問題ではないだろう........俺の場合は......」
「一緒にいる時間が長すぎて踏み出せていないだけだろうに。」
「何とでも言え。.............五郎、俺はがっかりだぞ。まともではないとは言え、他の連中よりも恋愛に関しては冷静に考えるヤツだと思っていたからな。お前がそんなに自分の気持ちのために俺にこんな言いがかりを付ける男だとは思わなかったぞ。」
「ふん。貴様こそ邪推も良い所だ。自分の気持ちに素直に動けない男が恋愛において冷静だと受け取るのだな。それこそ勘違いも甚だしいぞ。」
「自分を正当化するつもりか。」
「俺は間違ったことを言った覚えもした覚えもないぞ。..............優、俺は、今一緒にいる友人の中ではお前と過ごした時間が最も長い。だからこそ、お前の気持ちを最も長く身近で見てきた。......普通よりも、悩みが多くなることも知っている。現に、お前が表に出さなくとも悩んでいたのを見てきたのだから。」
静かすぎて最早しーん、という音が聞こえてくるような沈黙の中。
俺の声のみが響く。
「..........今しかチャンスはないぞ。それこそお前の気持ちを二人が知った後では遅いかもしれぬのだぞ。」
これは友を思う切実な心の叫びだ。
この頑固者には響いておらぬかもしれぬ。
それでも........
「どうだ優、今お前の気持ちを本人たちに伝えれば、俺たちの利害だって一致するはずだ。.............とっくに気づいているのだろう?」
「....................ふん。柄にもなく本気なんだな。」
「本気でなければここまで言わぬぞ。優、お前の本気もわかっているからここまで言うのだぞ。先程も言ったはずだ。俺は自分の気持ちには素直に行動したい。そのためには...........」
「やっぱりそういう魂胆があったってことだろうが。」
「見くびるな。それだけで無い。俺はお前の本気も買っているから.......」
「あーもう。分かったから何度も言うな。全く、案外暑苦しい奴だな、お前は。」
「日本男児たるものこうでなくてはならん。」
「ニッポン男児が本命でもない人と関係を結ぶものか。」
「それとこれとは別の話だろう。こちらだって一応は利害の一致の元だな.....」
「言い訳は別に聞きたくない。もういい。疲れた。早く寝るぞ。明日も特訓だからな。」
「もう練習に付き合わぬと宣言してからまだ20分も経過しとらんぞ?全く、優クンは素直でないから手が焼ける。」
「抜かせ。面倒くささで言えばお前の方が群を抜いている。この学園を背負って個人戦に出るんだ。いくら初心者と言えども、一回戦敗退などどいう情けない結果だけは学園に泥を塗るから避けてほしいからな。」
「ふん。誰がそんな情けない結果で終わるものか。」
「その心意気だな。間違っても驕り高ぶるなよ。」
「ナンバーワン前衛様には言われたくないものだ。」
「なんだそれ。俺はそんなこと言った覚えはないぞ。」
「あれれー?そうだっけー?」
「この野郎.....!いい加減にしろよ!」
先ほどの静けさに少しずつ音が重なってゆく。
なんとかいつものような言い合いに引き戻せたものだ。
流石にこのまま喧嘩して口も効かぬようになるのではないかとヒヤヒヤした場面もあったからな。
全く、手の焼けるやつだ。
梨々さんも特殊な男を好きになったものだな........
本日のこの男への揺さぶりがどの程度功を奏すかは分からぬ。
が、俺もこいつも、そろそろ前を向かねばならぬ時期だということは互いに確認できたはずだ。
「お前また清和と関係持っただろ。」
6月の総合大会の一週間前。
学校枠として個人戦に20ペアが出られる中、瑠千亜と組んだ俺は初心者にも関わらず校内戦の順位的に、何故かその20ペアの中に入り込むことが出来た。
俺は前衛というポジションな為、一年の中では最も腕の優れた前衛である、優に大会までの間、前衛として必要な様々な知識、動き、技量、更に心構えまでみっちり教えられている。
毎日放課後の練習の後に、優のひとり暮らしのマンションの近くのテニスコートを借りて、ひたすらボレー練習やスマッシュ練習などの前衛練習は勿論、サーブレシーブや、ストローク練習など、基礎的な練習をしたり、
優の家でテニス専用の本やビデオ、去年までの全中の試合のビデオまで先輩から借りて、見ながら優が解説する、などといった、実に熱血指導を受けている。
優曰く、『お前はきっとこの学園で俺に次ぐ前衛になれるはずだ。』ということらしく、沢山の名だたる先輩方の中でも自分がナンバーワンの前衛だという迷いのない自覚や、俺への何を根拠にしたか分からぬ期待など、疑問に思うことは多々あれど、
初心者の身として、そのナンバーワン前衛様のご期待を有りがたく受け取り、
日々こうして豪華にもナンバーワンのお方の猛特訓に励んでいる次第である。
今日は土曜日である。
この学園のテニス部は、練習内容はかなり厳しいが、適度な休息も必要であるとのことで、毎週日曜日は休練という制度になっている。
......まあ、全国選りすぐりのテニス馬鹿たちが集まる学園で、そんな日曜休みをその意義の通り有りがたく有効に休暇として使っている者はほぼ居ない訳だが。
とにかく、明日もこのナンバーワン前衛様の厳しい特訓があるとはいえども、普段より開始の時間を遅める予定ではあるので、今は特訓後、ひとり暮らしで誰もおらぬ優の家でまったりと二人で過ごしていた訳である。
冒頭の唐突な優の言葉に疑問を抱く。
「.........なぜバレた。」
はぁーーー、と優の長い溜息が響く。
だいたい、テレビもつけずに毎日こんな自らの溜息が響くような部屋に住んでいるのか、この男は。
これで、よく気が病んだりしないものだ。
「気が病んでるのはお前だろ。」
呆れた顔で頭を抑えながらこちらを睨みつけながら優が言う。
おお、こわいこわい。
「む、言葉に出してしまっていたか。」
「出さなくてもなんとなく分かるわ。どうせこの静かな部屋を見て俺の精神状態について要らんことを考えていたんだろ。」
「うむ。確かに音もなく、物もない部屋だ。」
「余計なお世話だ。.......それより、話を逸らすな五郎。関係がバレた後の第一声があれかよ?それこそお前の頭の中が心配だ。一体、思考回路がどうなっているのか...」
「なに、今に始まったことではなかろう。俺が誰とどんな関係を持とうと、干渉しないのが優ではなかったのか?」
「それはお前に呆れてたからだ。.....今回も呆れてるけどな。お前はもっと普通の恋愛ができたりしないものか?」
「そのままそっくり返すぞ優。何度俺や瑠千亜が揺さぶりをかけても何の進展もない。ただでさえ不毛な恋だ。もう少し行動に移したらどうだ?」
「お前、黙らないと明日から練習に付き合わないぞ...」
「いや、今は二人きりであるから人目を憚ることもないし、言わせてもらうぞ。優、どうなのだ?今のままでいいのか?」
じっと詰めるように優を見て物申す。
こいつは.......
自分が恋焦がれる男とは何年も共に過ごしているはずなのに、全く何の行動も起こさない。
更に相手が稀に見るレベルの鈍感と来た。
故に表向きは仲睦まじい親友ということで関係は保たれているが、これより先もこのままで良いのか.......
「うるさい。これは俺の問題だ。」
「いや違うな。お前だって隼の気持ちに気づかないほど馬鹿者じゃなかろう。」
「気づいたからどうなるんだ。俺があいつの邪魔をする権利はないだろ。」
「それは本心か?本当に、隼が誰かと付き合っても、お前は冷静でいられるのか?」
「何が言いたい。」
「だったら何故梨々さんの呼びかけに応じる。」
俺の咎めるような言葉に、先程までは頬杖をついてしらばっくれていた優が一瞬固まったのを見逃さなかった。
「優、お前の事だ。どうせ隼の気持ちにも、梨々さんの気持ちにも気づいているんだろう?もしそれでもお前が隼の幸せを思えるのなら、早急に梨々さんからは身を引くはずだ。」
「身を引くも何も、まだ何の関係にも発展していない。」
「関係どうこうではない。お前が梨々さんの呼びかけに応じるれば応じる程、梨々さんも隼も、優にもその気があるのかと期待してしまうのは考えれば分かることだろう。隼は自分の気持ちを押し殺して梨々さんを応援しているんだぞ。梨々さんの幸せを願っている。心からお前とくっつけばいいと思っている。そんな中で散々思わせぶりにしておいて結局梨々さんには気がなかったことが分かれば、梨々さんも隼も傷つくことになるのだぞ。」
「思わせぶりな態度を俺がいつ取ったと言うんだ。」
「まだしらばっくれるか。この頑固者め。では聞く。どうせお前は隼以外には心が動かないのだろう。それなのに、何故明らかに自分に好意を抱いている梨々さんに対してはっきり断らないのだ。」
「別に俺は期待を持たせるつもりで一条と話したりしている訳ではない。普通に友人の一人として接しているだけだ。それでは何か問題か!」
「お前は其のつもりかも知れぬが、他の二人がそうは取らないはずだと言っているんだ。」
「だとしたら何だ。俺は必要以上に一条に冷たくしろとでも言うのか?それこそ二人を傷つけることになるだろ。違うか?」
「冷たくしろとまでは言っとらんだろう。ただ、いずれ二人を傷つけるのは決まっていることだ。これは仕方のないことだ。誰も悪くない。しかし、その時期があまりに遅いとその分ショックが大きくなると言っているんだ!」
「はっきり喋ってくれ。さっきから要領を得ないぞ。結局お前は何が言いたいんだ!?」
「梨々さんをはっきり断って、傷ついた二人が結ばれるのを避けているのだろう!?どうだ!?違うか!?」
思わず感情的になってしまって声を荒げた。
この不気味なほどに静かな部屋には、俺の声がこだまのように響いた。
「................邪推も良い所だ。五郎、これからこの話をしたら俺はお前と絶交も考えるぞ。」
「絶交でも何でもすればいい。態度の煮え切らぬ男ほど情けないものは居らんからな。」
「煮え切った行動をすれば何とかなる問題ではないだろう........俺の場合は......」
「一緒にいる時間が長すぎて踏み出せていないだけだろうに。」
「何とでも言え。.............五郎、俺はがっかりだぞ。まともではないとは言え、他の連中よりも恋愛に関しては冷静に考えるヤツだと思っていたからな。お前がそんなに自分の気持ちのために俺にこんな言いがかりを付ける男だとは思わなかったぞ。」
「ふん。貴様こそ邪推も良い所だ。自分の気持ちに素直に動けない男が恋愛において冷静だと受け取るのだな。それこそ勘違いも甚だしいぞ。」
「自分を正当化するつもりか。」
「俺は間違ったことを言った覚えもした覚えもないぞ。..............優、俺は、今一緒にいる友人の中ではお前と過ごした時間が最も長い。だからこそ、お前の気持ちを最も長く身近で見てきた。......普通よりも、悩みが多くなることも知っている。現に、お前が表に出さなくとも悩んでいたのを見てきたのだから。」
静かすぎて最早しーん、という音が聞こえてくるような沈黙の中。
俺の声のみが響く。
「..........今しかチャンスはないぞ。それこそお前の気持ちを二人が知った後では遅いかもしれぬのだぞ。」
これは友を思う切実な心の叫びだ。
この頑固者には響いておらぬかもしれぬ。
それでも........
「どうだ優、今お前の気持ちを本人たちに伝えれば、俺たちの利害だって一致するはずだ。.............とっくに気づいているのだろう?」
「....................ふん。柄にもなく本気なんだな。」
「本気でなければここまで言わぬぞ。優、お前の本気もわかっているからここまで言うのだぞ。先程も言ったはずだ。俺は自分の気持ちには素直に行動したい。そのためには...........」
「やっぱりそういう魂胆があったってことだろうが。」
「見くびるな。それだけで無い。俺はお前の本気も買っているから.......」
「あーもう。分かったから何度も言うな。全く、案外暑苦しい奴だな、お前は。」
「日本男児たるものこうでなくてはならん。」
「ニッポン男児が本命でもない人と関係を結ぶものか。」
「それとこれとは別の話だろう。こちらだって一応は利害の一致の元だな.....」
「言い訳は別に聞きたくない。もういい。疲れた。早く寝るぞ。明日も特訓だからな。」
「もう練習に付き合わぬと宣言してからまだ20分も経過しとらんぞ?全く、優クンは素直でないから手が焼ける。」
「抜かせ。面倒くささで言えばお前の方が群を抜いている。この学園を背負って個人戦に出るんだ。いくら初心者と言えども、一回戦敗退などどいう情けない結果だけは学園に泥を塗るから避けてほしいからな。」
「ふん。誰がそんな情けない結果で終わるものか。」
「その心意気だな。間違っても驕り高ぶるなよ。」
「ナンバーワン前衛様には言われたくないものだ。」
「なんだそれ。俺はそんなこと言った覚えはないぞ。」
「あれれー?そうだっけー?」
「この野郎.....!いい加減にしろよ!」
先ほどの静けさに少しずつ音が重なってゆく。
なんとかいつものような言い合いに引き戻せたものだ。
流石にこのまま喧嘩して口も効かぬようになるのではないかとヒヤヒヤした場面もあったからな。
全く、手の焼けるやつだ。
梨々さんも特殊な男を好きになったものだな........
本日のこの男への揺さぶりがどの程度功を奏すかは分からぬ。
が、俺もこいつも、そろそろ前を向かねばならぬ時期だということは互いに確認できたはずだ。