一昔前の、中学生活

第三節一条梨々

リハーサルも無事終わり、俺は自分の新しいクラスである一年五組の教室に戻ってきていた。

担任の先生の指示があるまで、とりあえず新入生は各クラスで待機するようにと、クラス発表の紙の上に大きく書かれていた。


それはきっと、入学式の前に少しでも新クラスの人と交流をしあえるようにと、学園側の新入生に対する気遣いだろう。


俺は一番前の入り口側の自分の席に座った。

「隼!ごくろうさん。リハーサル大丈夫だったか?」

すぐ後ろの席だった優が、すぐに声をかけてきた。

「うん!今のところは何とか大丈夫だった!あとは本番に緊張しすぎて噛まなければいいんだけど・・・」

「そうだな。お前ちょっと緊張しいだからな、昔から」

「うん・・・本番に弱くて・・・」

「いやでも大丈夫だよ、お前なら。一般練習してたんだろ?春休みの間。それを信じてがんばれよ」

「ありがとう優!なんか一気に楽になった」

「なら良かった」


優のおかげで色んな緊張が少しほどけた。

優は昔からいつも頼りになる。

無口でぶっきらぼうに見えるけど、実は凄く優しいやつなんだ。

本当、優と同じクラスで良かった・・・


「それはそうとさ、優はもう友達出来た?」

そういえば、俺は結構長い間いなかったこともあり、優以外の男子とは誰とも話してない。

「ああ、まあな。何人か知り合いの知り合いみたいなやつがいてな」

「へー!」

「お前も話に行くか?あいつらみんなお前に興味持ってたぞ」

「えっ!!そうなの?俺も話したい!」

「よし、じゃあ行くぞ」

優の視線の先には、窓際で固まっている数人の男子がいた。

俺も優に続いて行こうと立ち上がった瞬間、目の前の人物に動きが止まってしまった。


「あれ!?あなた、さっきの・・・!」


そう。

目の前には、ついさっき体育館の渡り廊下でぶつかった女の子がいた。

「同じクラスだったんだ・・・」

思わずつぶやいてしまった。

しかも、彼女は自分の荷物を俺の隣の席に置く。


席も隣なのか・・・!


一瞬、胸がとくんと跳ねた。

少し、喜んでいる自分に気がついた。

「おい、隼?」

少し前を歩いていた優が、俺と彼女の会話と、俺の挙動不審な動きに不思議そうな顔をしていた。

「ああ、実はさっき、リハーサルの前に廊下でぶつかったんだ。ハンカチも借りちゃって・・・その・・・・」

ここにきて、彼女の名前を聞きそびれていたことを思い出した。


「あ、私は一条梨々です!」

自分から名乗ってきてくれた。

梨々さんっていうのか・・・

なんだか、彼女の外見にぴったりの名前だと思った。


「そうか。俺は冷泉優だ。宜しくな」
「はい!宜しくお願いします!」

優と梨理が互いに自己紹介をしていた。

「あなたは?お名前教えて?」

2人のやりとりを見ていると、梨々に声をかけられた。

「あ、俺は醍醐隼です!あのっ、席も隣ということで色々と宜しくお願いします!」

やっぱり変だ・・・

彼女の前では、いつも早口になってしまう。

全然余裕のない態度の自分が、少し恥ずかしくなる。

「ところでなんで2人とも敬語なんだ?同い年なんだから敬語使う必要はないだろう」


優が微笑を浮かべながら言った。

そういえばそうだ。

どうして俺たちはお互いに敬語なんだろう・・・?

「確かにそうだね!どうしてだろう?でも梨理、隼くんと仲良くなりたいからタメ口にするね!ね、隼くん!」

「うっうん!そうだね!宜しくね、梨々さん」

びっくりした・・・

いきなり名前を呼ばれて、かなりドキッとした。


優はそんな俺に気づいてか、「まあいいか。後であいつらと話してみろよ」と言って1人で窓際へ行ってしまった。

「・・・っ」

緊張で俯いていると、梨々が明るく言ってきてくれた。

「ねえねえ、隼くん!一緒にお話しようよ!」



「へー!隼くんって延喜宮小学校出身だったんだー!?」

「そうだよ。この学園には来てる人少ないけどね」

「そっか!じゃあ、沢山新しい友達つくれるね!」

2人で席について向かい合って10分くらい話していた。

最初は極度に緊張していた俺だったが、梨々が凄く気さくに話をしてきてくれるので、次第に盛り上がっていった。

話しているとわかるが、梨々はかなり頭の回転が早い。

俺の言ったことに、言葉詰まることなくポンポンと言葉を返してくる。

更に知識も広く、色んなことを知っているので、俺が何の話をしても弾まないことはなかった。

それに加えてところどころで見せる可愛らしい姿が、そのたびに俺をドキドキさせる。


「梨々さんは入る部活は決めた?」

「うん!梨々はずっとジュニアからやってきたからやっぱりテニスしたいな!」

「えっ!!梨々さんもテニスしてたんだ!?実は俺もやってたんだ!」

「えーっ!!?そうなの?隼くんも?」

「そうだよ。ペアが、さっきの優なんだ」
「そうだったんだー!?」

梨々はびっくりして両手で口を抑えて大きな目を見開いている。

その仕草がまた可愛い。

実は、小学校のテニスのスポ少は男女では練習場所も大会会場も全く異なる。

まして、俺の住んでいる地区と、梨々の住んでいる地区はものすごく遠いから、お互いを全く知らなくても不思議ではないのである。

「そっかぁ、隼くんと優くんと同じ部活なんだぁ!よかった!楽しそう!」

今度は満面の笑みでそう言う。

この学園は、他の学校と比べて男女同じ場所で部活をやることが多いことで有名だ。

だからこその梨々のセリフだったのだろう。

正直、俺も楽しみでしょうがなかった。

梨々と授業中でも部活でも近くでいられる・・・



そのことが、凄く嬉しくてテンションが上がった。






そのとき、「ねー!醍醐くん!さっきどうしても気になることがあるんだけど・・・」


梨々と話していると、梨々の後ろ・・・要するに優と隣の席の女の子が後ろから声をかけてきた。

「気になること?何かな?」

俺は少し体を後ろに向けて答えた。




「あのさー、醍醐くんってさー、彼女とかいる?」
「えっ!?」

彼女の唐突すぎる質問に一瞬びっくりして思わず声をあげてしまった。

というか、『彼女とか』の『とか』の部分には何が含まれるのか、ちょっと気になるんだけど・・・

「あ!それ、梨々も気になる~!」

更にそこに梨々がのってきた。

「えっ・・・彼女なんていないよ!」

「えー!嘘だぁ!」

「本当だよ!そもそも好きな人すら・・・」
「えー!?意外ー!」

「梨々も意外だと思う!だって女子はみんな隼くんのこと言ってるもん!さっきだって囲まれてたし・・・」

「それを言うなら梨々さんだって!」

そうだったんだ。

しばらく梨々と話していたが、その間にかなりの数の男子が会話に入ってきて梨々に話しかけていた。

やはり、こんなに整った外見の彼女を、男子なら誰もほっとかないのだろう。


「ちぇー。なんだよそこ2人してモテモテでー・・・もういいよ、何か悲しくなってきた」

後ろの席の女の子が拗ねたように言う。

「そんなことないよ!ねぇ、あなたはなんてお名前?一緒にお話しよう?」
「そうだよ!せっかく席も近いんだし!」

俺と梨々は彼女を会話に誘った。

彼女の名前は、清和小春というらしく、なんと彼女も小学校のときにテニス経験者らしい。

全体的にすらりと背の高いモデル体型に加えたクールで大人っぽい顔立ちは甘い顔立ちの梨々とは正反対だが決して劣らず、その儚いような美しさに惹かれた数人の男子が声をかけているのを見た。

見た目は梨々とタイプが正反対の彼女だが、その性格は梨々と同じくどこかサバサバしていて、誰とでも物怖じせずに気さくに話すことができる。


気が合ったらしく、梨々と清和さんは初対面とは思えないほどに盛り上がっていた。

「ところで、梨々はどうなの?」

「えっ!?何が?」

「だから!好きな人!いや、梨々なら彼氏くらいいるかー」

「そんなっ!いないよ!彼氏なんて・・・」

「おっ!?てことは恋はしてるのかー?」


女の子は・・・

というか、清和さんが恋愛話が好きなのか、梨々にさっき俺にしたような質問をした。

2人の会話が盛り上がってからというもの、俺はとりあえず第三者のようにただ会話を聞いていた。

ところどころで振られたときは答えるという形で。


それにしても、今の発言に安心している自分がいた。

梨々には彼氏がいないのか・・・!

良かった・・・!てっきりいるものだと思っていたから、心の底から安心した。


「ねー、どうなのよー?」

しかし、清和さんの2つ目の質問には梨々はまだ答えていなかった。

かなり気になる!

どうなのだろう


「・・・すきな人なら、いるよ・・・」


俯いて、今までの明るい態度とは打って変わって照れながら小さな声で梨々はそう答えた。

「えーっ!そうなの?ちょっとー!誰よー!」

梨々の答えに大いに盛り上がる清和さん。

梨々も打ち明けたことが少し嬉しかったらしく、照れながらも小声で会話を続けていた。



そうか・・・


梨々には好きな人が、恋している相手がいたのか・・・

入学してこの時点でってことは、同じ中学の人の可能性が高い。

それとも、初見で気になってしまう・・・


そう、俺の梨々に対する気持ちのように・・・

そんな相手が、梨々と今日中に会話をした数多い男子の中にいたのだろうか・・・


ふと、自分の気持ちに疑問を抱いた。

その気持ちを・・・

初見にして気になってしまう相手がいるこの気持ちを、梨々が恋と呼ぶならば・・・

だったら俺のこの梨々に対する気持ちもそう呼ぶのだろうか・・・?


これは、もしかして恋なのか?

でも、そうかもしれない。


だって、見た時から頭から離れなくて・・・

もう一度会いたいと思ってしまって・・・

席が隣だったり同じ部活に入ろうとしていたことが嬉しくて・・・

彼女の、仕草一つ一つにドキドキして・・・

そして・・・


彼女に好きな人がいると知った時、こんなに胸がキュッとする・・・

締め付けられた胸の奥で、じわじわと暖かいものが広がっている感覚。

呼吸が梨々にきこえそうなくらい速くて、足が梨理に見えそうなくらい震えている。


顔が中から熱くなっているのが分かる。


これは、恋なのか。

いや、恋であってほしい。


どうしてか分からないが、恋であってほしいんだ。

恋だったら、彼女といる時間がとても嬉しくなる。

会話をすることに、近くにいられることに喜びを感じる。


もちろん、恋は苦しいことも知っている。

だけど、それを知っていてもなお、彼女といたいなら、これは恋なのではないだろうか・・・?




一条梨々・・・

彼女が俺の中学生活を彩る恋愛の対象であったことは、俺の胸の高鳴りが既に答えを出していた。
< 4 / 31 >

この作品をシェア

pagetop