シンデレラは眠れない

 「あのさ……もうおにぎり、残ってない?」

照れくさそうに尋ねてくる。


最初は彼の言っている意味がわからなかった。


 「はあ……全部出荷してしまったんですが……あ……そうだ!」

結子はジャンバーのポケットからひとつのおにぎりを取り出した。

朝から忙しくて食事も満足に口にできなかった社員のために会社から先程振舞われたのだった。

 「一個だけなんですが、これで良かったらどうぞ!」

好物の『まったり梅納豆にぎり』だったが彼に譲ることにして差し出すと彼は嬉しそうにおにぎりを受け取った。

 「わー!いいのかな? 譲ってもらっても?朝からなんにも喰ってないうえにこれから被災地までいかなきゃなんなくてね」

 「はぁ……これからですか?」

秋の日暮れは驚く程に早くて既に窓の外はオレンジ色に染められていた。
きっと目的地に着く頃は夜も更けているだろう。


 「でも助かったよ。お宅の会社に受けてもらえて! この被災地は僕のセンセイの選挙区なんだけど、自治体から手配の応援要請をうけてね……きっと被災地の人たちも喜んでくれると思う!」


端正に形作られた顔いっぱいの笑顔、結子は胸の奥がきゅううんとしたような気がした。

でも議員の秘書なんて立場はさておき、こんな素敵な男性と自分がどうこうなるわけがないと確信していた。

 「そうですか、どうぞ気をつけていらしてください」


目一杯の笑顔でそう言うと……

 「ありがとう。ああそうだ。近いうちにこのおにぎりのお礼 きっとさせてね!」

 『は?……』



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