人形のいる街
それは偶然出会った。
出会ったのは奇跡に近く、この出会いは運命と呼ぶに相応しい。
恐ろしい程の高揚が、腹の底から湧き上がるのを感じ歩みを止めた。
思わず緩む口角を押さえる、視線は止められなかった。
男が足を止めた事で周囲からどよめきが聞こえた。
従者の制止を無視し、世間に忘れ去られた様にして柱に寄り掛かるモノに声をかけた。
「…お前はナンだ?」
存在すら知らないモノであったがゆえの、ぶっきら棒な質問に商人の女が驚いた様に言った。
「人形です。旦那様」
商人の存在が視界に入っていなかった為、突然聞こえた声に驚きを隠しつつ男は「にんぎょう…」と疑問混じりに呟いた。
「臓器を売るでも、召使いにするでも好きに使ってください。体は小さいし体力もない。使い道の少ないので廃棄待ちしてるモノでよければ」
首にぶら下がった鎖はどこにも繋がっていなかった。
手を縛る紐も緩く、力を込めれば千切れてしまいそうなもの。
逃げ出す意思がないことは、ソレの目を見ればわかる。
粗末なソレにおとこは努めて冷静に告げた。
「買おう。いくらだ」
「中にもっと上等なモノがおります。こんな廃棄寸前のモノでなくても」
商人の言葉に益々気持ちが高まるのを感じた。
「いい」
それなら価値がないのでと言う商人の言葉に、男はソレの鎖を引いた。
無理やり動かされ苦痛の表情を浮かべるソレに、問う。
「名は?」
「あり、ません」
異臭が鼻につく。いつから水浴びをしていないのだろうか。
そんなことを思いながら、鎖を離した。
「屋敷へつれてこい。俺は先にいく」
思っているよりも緩んでいる口角を大きな手のひらで隠しつつ、馬車へ戻るのだった。