ロスト・ラブ
「……茜ちゃん。ほら」
玄関に着いたとき、胡桃が私の視線を誘導した先にあった光景に、涙が一気に込み上げてきた。
「あと、もうひとつ」
静かに笑った胡桃が、私の耳元でこっそりと言った。
「いつかに出た胡桃と柳くんの噂。あれ、胡桃が茜ちゃんのことで取り乱して泣いてるのを落ち着かせてくれてただけだからね」
本当は口止めされてたんだけど、と、胡桃はさらに言葉を続ける。
「……じゃあ、茜ちゃん。胡桃、先に帰るね」
そう告げた胡桃が、私のそばから離れて玄関をあとにした。
どうしようもない私は、その胡桃の言葉だけを耳に残して、別の……ただその一点だけを見つめてしまっている。
「な、んで……?」
「……お前、今何時だと思ってんだよ」
目の前で不機嫌そうに顔をしかめるのは、……間違いなく、颯太だった。
なんで。どうして。
軽く頭の中がパニックを起こしている。
だって、颯太がいる。
あの日以来、会話はおろか目すら合わなくなった颯太が、今私の目の前にいて、私に言葉を向けているんだ。
今の私は、込み上げた涙がこぼれないように、グッとこらえるので精いっぱい。
「なんでいるの……?」
「別に。友達と話してただけ」
ぶっきらぼうに告げられたその理由は、いつかのものと全く同じだ。