恋かもしれない
***

『奈津美はここにじっとしてるの。わかった?』

『やだ』

――いやっ、待って! お母さん! 行っちゃダメ!

懸命に伸ばした手が、ふわっと、やわらかな温もりに包まれた。

同じものが頬にも触れている。

気遣わしげにゆっくり動くそれはすごくあたたかくて、恐怖心が溶けていく。

これは誰? お巡りさんの手なの?

「もう大丈夫。だから、安心して」

鼻にツンとする薬品の匂いを感じる。

薄く開いた目に、真っ白な天井と細長い蛍光灯がぼんやりと映った。

夢? それとも現実?

ノロノロと巻き戻っていく記憶をたどっていると、白衣を着た女の人が視界に現れた。

この人が、手を握ってくれていたのだろうか。

「綾瀬さん、良かった、気が付かれましたか」

「ここは?」

「北本病院ですよ。今先生を呼んできますね」

その人はそう言ってサッと消えたけれど、手に感じるあたたかさは消えない。

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