恋かもしれない
「申し遅れました。私は医師の北本です。よろしく。胸失礼しますね……気分はどうですか。頭痛は? 息苦しさは?」

「ないです。大分いいです」

「こんな風になるのは初めてですか?」

「いいえ、子供の頃はしょっちゅうでした。大人になってからは、平気になったつもりでいたんですけど」

「持病か何かですか? 症状がぶり返したんですね。どんな風になったんですか?」

北本先生は聴診器を戻しながら優しく訊いてきた。

話そうかどうか迷う。

このことを他人に話すのは、カウンセリングを受けていた時以来だ。

言う必要もなかったし、ずっと、隠してきたこと。

でも今は、話した方がいいのかもしれない。

「持病というか、精神的なことなんです」

「トラウマですね……。引き金となるような、似たようなことが起きたんですか?」

「はい、大きな音と男性の怒鳴り声です。あと、女性の悲鳴も……」

「その二つが、何かを想起させるのね?」

「はい……実は、幼い頃、私の母は、私の父に、包丁で刺されたんです」

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