恋かもしれない
お手洗いに行こうとしたら、慌てて立ち上がった美也子さんに止められた。

「奈っちゃん、ゴミが入ったとかそんなレベルじゃないでしょう。今日は朝からずっと様子がおかしいと思っていたの。元気がないし、哀しそうな顔をしてるし。見当違いだったらごめんなさい。もしかして、例の男性、松崎さんと何かあったの? 彼、確か」

「や! 違います! ごめんなさい、何でもないです。何もないんです。仕事中なのに、すみません!」

名前を聞くだけで心臓がドクンと跳ねて切なくなる。

これじゃいけない。仕事にならない。

子供じゃない、もう大人なのに。

涙が止まるように頬をベシベシと叩く。

こんな風に泣くなんて、公私の区別がついてないダメダメな従業員だ。

想ったらいけない。いけないのだ。

「もう、平気です」

なんとか涙を止めて口角を上げ、無理矢理笑顔を作ってみせると、美也子さんは顔を歪めた。

「何言ってるの、全然大丈夫じゃないわ。今日は定時になっても帰らないで。そんな状態で一人で家に帰せないわ。心配で私が泣きそうよ。今から倉庫に行ってくるけど、戻ってくるまで待ってて。いいわね?」

念を押すように言って、美也子さんは事務所を出ていった。

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