恋かもしれない

「失礼します。綾瀬さん、ですよね? お話しませんか?」

「は……い?」

不意に声が降ってきて見上げれば、眼鏡をかけた男性が微笑んでいた。

胸の名札には『弁護士・荒川卓哉(三十二歳)』とある。

私の名前を呼んでくれたということは、もしや探してくれていたんだろうか。

「あ、あ、あ、あの」

返事をしようと思えば心臓が早鐘を打ち、じんわりと汗をかいてしまう。

どうしたらいいのだろう。

話すって何を? アドバイザーは何て言っていたっけ?

事前にもらっていたアドバイスが一気に吹き飛んでしまい、焦る。

「どうかしましたか? 何だか顔色が悪いですよ」

「はい、いえっ、あのっ」

普通にしようと思えば思うほど鼓動が激しくなって、気持ちは焦って意味不明な言葉しか出て来ない。

荒川さんは、みるみるうちに怪訝そうな表情になっていく。

やだ、もう。絶対変な人だと思われている……逃げたい。

「ああこれは大変だ。救護係りを呼んできましょう。待っててください」

「あ……」

待って、違うのに。

呼び止めようと出した声が、周りのざわめきにかき消されてしまった。

どうしよう。
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