恋かもしれない
謝る間もなく二の腕に温かなものが触れて、すっと引き寄せられた。

視界が青い布で埋まり、シトラスの香りに包まれ、見上げると、貧血ですか?と訊ねる松崎さんと目が合った。

眉間にシワがよっていて、とても心配してるようだ。

「い、いえ、違います。ちょっと、その……よろけただけで、あの、大丈夫です」

ふらつく情けない脚を叱咤して離れ、ぴんぴんしていることをアピールする。

「そう、それならいいんです。それで、気になったんですが。今話していた人たちは、知り合いですか?」

知らない人たちだと言って首を横に振ると、松崎さんは無言のまま周り一面を見回した。

そして何事かを小さな声で呟いた後、少しだけ待っててください、と言ってエントランスの方に駆けて行った。

ホールの中に入ってから間もなくして、紙袋を手に持って戻ってくる。

何をしてきたのだろう。

「すみませんでした。じゃあ、次に行きましょうか」

「え。次と、言いますと……?」

「食事ですよ」

 松崎さんは当然のように言って、私を車へと促した。
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