恋かもしれない
カチンコチンに固まる顔と体をなんとかほぐし、細長い籠からカトラリーを取り出す。

どれから食べようかも迷うけれど、とりあえず、ふわふわのオムレツにナイフを入れた。

色鮮やかな野菜がゴロゴロ入ったトマトソースをつけていただけば、不思議な食感が口の中に広がる。

舌に乗せた瞬間蕩けて、まるでメレンゲを食べているかのよう。こんなの、初めてだ。

「おいしい」

「でしょう。俺は、よくここに来るんです。実はこれと同じものを、フランスに行った時に初めて食べたんです。見た目膨らみ過ぎたホットケーキみたいでしょう。初見、『こんなオムレツがあるのか! 卵は何個使ってるんだ?』と、大衝撃を受けました。食べてみれば美味しくて、この食感を忘れられずにまた食べたいと思っていたら、日本にもあると聞いてここを知ったんです。これでもう五回目くらいかな」

ここはディナーも良いんですよと、松崎さんはオムレツを口に運ぶ。

見惚れるくらい流麗でスマートな食べ方だ。

お箸で食べることが多い私とは違って、ナイフとフォークを使いなれている感じだ。

五回目、か。あとの四回は、誰と来たのだろうか。

黙々と食べていればいろんな疑問が浮かんでくる。

私に名刺をくれたこと。

今こうしていること。

本のこと。

頭の中でぐるぐる回る。
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