恋かもしれない
『俺は、紳士なつもりですから』

車から降りるのを躊躇う私に、松崎さんはそう言った。

こんなセレブな家を見てしまうと、つもりじゃなくて、まるっと全部が紳士だと思える。

食事の仕方も上品だったし、もともと育ちがいいのかもしれない。

「お待たせしました」

松崎さんが本を抱えて戻ってきた。段ボール一箱と言わないまでも、結構たくさんあってびっくりする。

「行く前に勉強していた本と向こうに持って行った本。一度も開いてないのもあります。どうぞ見てください」

ガラステーブルの上にドサッと置いて、またまたどこかに行ってしまった。

一冊取ってパラパラ捲ってみれば、マーカーで線が引いてあったり、英語っぽい書き込みがしてあったり、かなり本格的に勉強していた様子だ。

いつ、どのくらいの期間、スウェーデンにいたのかな。

今も、美也子さんくらいにペラペラ話せるのだろうか。

今のところ職場では、スウェーデンから掛かってきた電話を私がとってしまったら、すかさず『Vänta(待ってください)』と言って、保留にして美也子さんに替わっている。

不在のときは、『frånvaro(不在)』と言って切っている。

勤め始めた頃、『奈っちゃんはこれを言えばいいわ』って、美也子さんに教えてもらった簡単な単語だ。
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