恋かもしれない
「どうかしましたか? トイレですか?」

「ト! い、いえ、あ、あの、その、この家、てっきり、松崎さんのかと思っていて」

あたふたと言えば、松崎さんは、手を振って笑った。

「いや、とんでもありません! 俺にはとても買えませんよ!」

ここにはずっと会社経営をしている叔母夫婦が住んでいたけれど、つい半年ほど前郊外に大きな一戸建てを建てて出ていってしまい、不要になったここに「住みなさい」と言われ、今に至るのだと話してくれた。

アラビアのカップは「好きに使って」と置いて行ったのだそうで、インテリアも、置いて行ったものをほとんどそのまま使っているのだと言う。

「駅に近く、会社に近く、家賃もなく、俺としてはラッキーなんですが、4LDKは流石に広すぎますね。二階部分なんか掃除もせずに放ってありますし、夜に一人でいると、寂しく感じる時が多いんです。こんなとき、心休まる女性が傍にいてくれたらいいなぁと。よく、そう、思うんです」

松崎さんがじっと見つめてくるから、蛇に睨まれた蛙のように汗が出てくる。

微動も出来ず、はからずも見つめ合ってしまう。

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