恋かもしれない
「お、お待たせしました。綾瀬、です!」

『松崎です。いきなりビデオ通話をしましてすみません。良かった、出てくれて。綾瀬さん、今何処にいますか』

「いまは、家、です」

『家……ふむ、そうですか』

松崎さんは呟くようにそう言って、何かを考えるように目を伏せた。

一体どうしたのだろうか。どうして急に電話をくれたのだろうか。

黙ったままでいるから、特別用があるようには思えない。

少しの間沈黙が続いてしまって気まずくなり、何か話しかけることを懸命に探す。

「ま、松崎さんは、今どこにいるんですか?」

スマホを遠ざけているので、つい声を張り上げてしまう。

そのせいか、すっと顔を上げた松崎さんの顔が少し驚いている感じがした。

もっとボリュームを落とさなくちゃ。

『俺は今出先で、用が済んで今から会社に帰るところです。連れがいるんですが、少しの間離れているので、その隙に綾瀬さんに電話しています』

「そ、やっぱりお仕事中、なんですよね……あのっ、暑い中、お疲れさまです!」

スマホを揺らさないように気を付けながら頭を下げる。

土曜日もお仕事だなんて、松崎さんは本当に忙しい人なのだ。

もしかして明日もお仕事なのだろうか。だとしたらいつ休んでいるのだろうか。

前のお出かけの日は超がつくほどに貴重な休日だったに違いない。

そんな日に本をいただいたなんて。
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