恋かもしれない
「友人に医師がいるんですが、ソイツに電話して何がいいか聞いたんです。もしも酷そうなら診るから連れて来るようにと言われていたんですが、その状態ならそれがよく効く筈です」

「この為に、来たんですか?」

「そう。ああでも、正確に言うと、少し違うかな」

「あ、じゃあ、まだ用事が、あるんですよね。あの、冷たいお茶を入れます。どうぞ部屋に」

そうだ、私ったら何をしているのだ。

わざわざ来てくれたのだから、もてなすのが普通に違いない。

お部屋に上がって涼んでもらって、本当の用事をゆっくり聞いて、そして、便乗して松崎さんの好きなものを聞き出すのだ。

そう思ったのだけど、松崎さんは首を横に振った。

「いえ、ものすご~く、心惹かれる申し出ですが、もう帰ります。俺の用は済んでますから」

「え?」

「それに、今から人と会う約束があるんで、綾瀬さんの部屋に行くのはゆっくりできる次回に取っておきます。今度例の喫茶店に連れて行ってください、モーニングの。あ、それから、困ったことがあったらすぐに言ってください。俺、こんなふうに駆け付けてきますから。俺が今言ったこと全部、よ~く覚えていてください」

「はい……」

「じゃ、また」

松崎さんは爽やかに笑って手を振って車に乗り込んだ。

静かなエンジン音をたてて走り去っていく車が、見えなくなるまで見送る。

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