ユルトと精霊の湖
「そんなことはないわ……でも……」
湖精は困ったように、王の方を窺いながら、優しくユルトを諭す。
「帰りが遅い日が続けば、ここに来てはいけない、と言われることになるかもしれないわ……あなたがここに来れなくなったら、私達……とても寂しいと思うの」
「私達?」
湖精の言葉に、ユルトは辺りを見回して、不思議そうに言う。
「私達って……ここには僕と、アイシャしか、いないじゃないか」
人の子であるユルトには、人ならざる存在を見ることができない。
どれだけたくさんの精霊が、自分の歌声に惹かれ、群れ集っても、その気配を感じることすらできない。
彼が目にすることのできる例外は……目の前にいる湖精……であるはずの存在だけ。
「……いいえ」
少女は優しく、言い聞かせるようにユルトの背に手を置いた。
「ここには、たくさんの木々も、花も、鳥達だっているわ。そして、みんな、あなたが来るのを心待ちにしているのよ。だから……おねがい」
目を潤ませて言う湖精を見返して、ユルトは大きなため息をつく。
「……わかったよ。君の“おねがい”に、僕はいつだってかなわないんだ」