ユルトと精霊の湖
すんなりと伸びた手足に、未だ空気にさえ触れたことのないやわらかそうな乳白色の肌。
胎児のように丸まっている背を覆うように伸びた髪は、木の幹のような濃い茶色をしていた。
その成長を愛しいと思うと同時に、こんなにも悲しみが胸を締め付けるのはなぜだろう?
「いつか……いつか、と思っていたの」
胸に抱いた赤子を揺らしながら、湖精は語りかける。
「いつか、あなたがこの目を開いて、私を見てくれると……」
精霊たる彼女の目に涙は浮かばない。
しかし、やり場のない気持ちは、さざなみのように胎の中の水を震わせた。
「あきらめろ、とみんなが言うわ。でも、私は……私はずっと」
何かを決意したように、湖精は赤子を離し、大きく両腕を広げた。
「一度でいい……たとえ、これが最後でも……」
少しずつ、胎の水に溶けていきながら、湖精は眠る赤子に笑いかけた。
「……ごめんね…………私、一度だけでも……あなたに会いたい」
そう言い残し、完全に水に溶けきった湖精は、ゆっくりと赤子の中に入っていった。