ユルトと精霊の湖
・身を切る別れ
「中には…………誰もいませんでした」
目を伏せた湖精の顔は、早朝の湖のように冷たく静かだった。
「眠っていたわけではなかった…………多分、初めから……それに気づきもせず、わたくしは後生大事に、抜け殻を抱いて……」
湖精は泣き笑いのような表情を作り、口元に手を当てた。
人の皮を被っている……いや、人の殻の中に長くいるせいか、随分と人間臭くなっているらしい。
その姿は涙さえこぼれていないものの、まるで本当の、人のように見えた。
「それで、おぬしはその赤子の体を乗っ取って……一体、何がしたかったのだ?」
ふっと、表情を消した湖精は、思い出を辿るように湖岸へと視線をさまよわせる。
「わたくしは…………ただ……」
しげしげと自らの手のひらを眺め、呆けたように言う湖精を哀れに思ったのか、そっと花精が寄り添うように肩にとまる。
「あの子に、わたくしを……こちらを見てもらいたかっただけ……」