ユルトと精霊の湖
「難儀なものよ……」
遥か上空から、湖精の森を見下ろしながら、王はひとりごちる。
「役目を果たせ……などと、よく言えたものだ」
精霊の王たる身でありながら王の森を抜け出しているくせに勝手なものだ、と他人事のように言う王の言葉を聞くのは風精のみ。
「よそでは言ってくれるなよ」
くすくす笑う彼女達に口止めをして、視線を落とす。
眼下には、小さな鏡のように光をはじく湖を囲む緑の端に、虫の群れように小さな村があるのが見える。
「ユルト、アイシャ……か」
個々を区別する“名前”という、呼び名。
王は、それを大変興味深いと思った。
森の一部、世界の一部として存在し、個々よりも全体に重きを置く精霊達と人間は、違う考えをもっているようだ。
王が眠りについていた間に、急速に数を増やしたらしい人の子ら。
あの湖精のように、眷属達が人との接点を持つことが、これから増えていくのかもしれない。
物思いに沈みながら、王は風精へ、森への帰還を命じた。