ユルトと精霊の湖

うっそうと茂る森の木々に囲まれた小さな湖の水面はとても静かで、人の子が歩いて来れるほど浅い森だというのに、小さな同族達が溢れ、優しい風が吹いていた。

その湖のほとりにいたのは、確かに、まだ幼い人の子。

「あの子が、ユルト。時折、ここへ来て歌っているのですわ」

そして、その近くに小さな姿が1つ。

「あれは……この湖の精か」
「…………ええ」

少しだけ、花精の声が心配そうに曇る。

「みだりに人の子と交わるなかれ…………その掟はもちろん、あの子も、我らも存じております。ですが、此度はどうか……見逃しては……いただけないでしょうか?」

最初から、これが言いたかったのだろう。

花精の声には、人の子と湖精への好意があふれていた。

それは、ここにいる同族達の総意に違いない。

でなければ、姿を現さないことが常の彼らが、これほどに集うはずがないのだから。


そこで、ふと、前触れもなく歌が止む。

代わりに聞こえてきたのは、心配そうな人の子の声。

「アイシャ?」


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