消えてしまう君に捧げる


「智弘だよ」


「なにが?」


「名前。僕の」


「そうなんだ」


これで、ノートの飯島〇〇の〇〇に、文字が埋められるね。


…そんなこと言わないけど。


初めてこの病室に来てから、早くも今日で1ヶ月。


今のところ彼女の身体は薄れていない。


…まだ、死なない。


透明病は、薄れ始めてから数日で完全に消えてしまう。


僕の…僕の父は、そうだった。


僕の父親は5年前、透明病でこの世を去った。僕が小学六年生の時だった。


父さんが消える瞬間を、僕だけが見た。


苦しむ気配はなく、きらきらと星のように徐々に消えていって、最後には着ていた服だけがその場に残される。


彼女の消える瞬間は、出来れば見たくない。


身体が薄れ始めると、当人の意識も薄れていく。


手足が麻痺して動かなくなり、声もあまり発せなくなる。


彼女のそんな姿は、見たくない。


「私の名前は小春だよ」


「知ってるよ」


「私、異性に下の名前で呼ばれてみたいなー??」


「……」


「呼ばれて、みたい、なー??」


「…小春」


「ははっ!本当に呼んでくれた」


< 6 / 9 >

この作品をシェア

pagetop