消えてしまう君に捧げる
「智弘だよ」
「なにが?」
「名前。僕の」
「そうなんだ」
これで、ノートの飯島〇〇の〇〇に、文字が埋められるね。
…そんなこと言わないけど。
初めてこの病室に来てから、早くも今日で1ヶ月。
今のところ彼女の身体は薄れていない。
…まだ、死なない。
透明病は、薄れ始めてから数日で完全に消えてしまう。
僕の…僕の父は、そうだった。
僕の父親は5年前、透明病でこの世を去った。僕が小学六年生の時だった。
父さんが消える瞬間を、僕だけが見た。
苦しむ気配はなく、きらきらと星のように徐々に消えていって、最後には着ていた服だけがその場に残される。
彼女の消える瞬間は、出来れば見たくない。
身体が薄れ始めると、当人の意識も薄れていく。
手足が麻痺して動かなくなり、声もあまり発せなくなる。
彼女のそんな姿は、見たくない。
「私の名前は小春だよ」
「知ってるよ」
「私、異性に下の名前で呼ばれてみたいなー??」
「……」
「呼ばれて、みたい、なー??」
「…小春」
「ははっ!本当に呼んでくれた」