*50音の恋愛掌編集*
“き”『教室』
慌ただしい足音がこちらへ近付いてくる。
間もなくしてその足音は、この教室に入り込んでとまった。
「よかった、まだ居た」
真っ赤な夕陽に染まる教室の中で、彼の声が小さく響いた。
「週番、お疲れ様」
私が言うと、彼はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
窓際にいる私に近付くと、彼の髪も瞳も夕陽の赤に染まった。綺麗だ。
「実香」
「先生、明日はやっと卒業式だね」
「そうだね。おめでとう」
「嬉しい。これで堂々と一緒にいられるようになるんだよね」
私は彼に向かって控えめに手を伸ばしながら言った。
目の前のこの人が愛おしくて、触れたくて堪らない。
そんな私に応えるように、彼が私をゆっくりと抱き寄せた。
「先生、誰かに見つからない?」
心配になって、私は彼から離れようとする。
「この教室は大丈夫。外からはちょうど見えないからね。もっと早くから知っていれば良かったんだけどな」
「そうだね」
「でも、これ以上は駄目だよ。君はまだ未成年なんだから」
そう言って、彼は私の頭を優しく撫でた。
この優しい手が私は大好きだ。だって、とても心が安まるから。どんな不安も吹き飛んでしまうくらい安心する。
彼にぴったりとくっついて身を委ねていると、下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
「まだ離れたくない……」
「またそういうことを言うんだから。今日までは我慢だよ。もう帰りなさい」
優しい声が耳元で響いた。これも心地良くて大好き。
「うん、わかった」
「また明日ね。気を付けて帰るんだよ」
私たちはゆっくりと体を離す。視線が重なると二人で微笑みあった。
「先生さようなら。また明日ね」
私が荷物をつかんで歩き出そうとしたとき、彼が私の腕をつかんで引き留めた。
「何? 先生」
「このくらいなら、いいかな」
カーテンが風に煽られて緩やかに動いた。私たちの髪も穏やかに揺れる。
瞬間、彼の顔が近付いて、唇を軽くふさがれた。
「先生……」
「我慢できなかった」
真っ赤な夕陽に照らされた彼のはにかんだ笑顔に、私の胸は例えようのない想いで一杯になる。
「あーもー! 先生のバカ!」
私は再び、彼の胸へ飛び込んだ。
彼はそんな私をしっかりと受けとめてくれる。
「ごめんごめん。さあ、下校時刻だよ」
そう言いながらも、彼は私を抱きしめたまま、優しく頭を撫でてくれていた。
「先生、大好き……」
「僕も実香が大好きだよ」
そしてもう一度、私たちはゆっくりと体を離す。
「今度こそ、また明日ね」
「はい、また明日。さようなら」
私は荷物を持ち直すと、真っ赤に染め上げられた秘密の空間から外へ出た。
後ろ髪を引かれる思いで廊下を歩きだす。
出逢った日から今日までずっと、他の先生や生徒に見つからないように逢瀬を重ねてきた。
明日、私はやっとこの学校を卒業する。
これからは人目を気にすることなく、先生と自由に会うことが出来るのだ。
私は何だか体が軽くなったような気がして、全速力で昇降口へと走り出していた。
*了*
間もなくしてその足音は、この教室に入り込んでとまった。
「よかった、まだ居た」
真っ赤な夕陽に染まる教室の中で、彼の声が小さく響いた。
「週番、お疲れ様」
私が言うと、彼はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
窓際にいる私に近付くと、彼の髪も瞳も夕陽の赤に染まった。綺麗だ。
「実香」
「先生、明日はやっと卒業式だね」
「そうだね。おめでとう」
「嬉しい。これで堂々と一緒にいられるようになるんだよね」
私は彼に向かって控えめに手を伸ばしながら言った。
目の前のこの人が愛おしくて、触れたくて堪らない。
そんな私に応えるように、彼が私をゆっくりと抱き寄せた。
「先生、誰かに見つからない?」
心配になって、私は彼から離れようとする。
「この教室は大丈夫。外からはちょうど見えないからね。もっと早くから知っていれば良かったんだけどな」
「そうだね」
「でも、これ以上は駄目だよ。君はまだ未成年なんだから」
そう言って、彼は私の頭を優しく撫でた。
この優しい手が私は大好きだ。だって、とても心が安まるから。どんな不安も吹き飛んでしまうくらい安心する。
彼にぴったりとくっついて身を委ねていると、下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
「まだ離れたくない……」
「またそういうことを言うんだから。今日までは我慢だよ。もう帰りなさい」
優しい声が耳元で響いた。これも心地良くて大好き。
「うん、わかった」
「また明日ね。気を付けて帰るんだよ」
私たちはゆっくりと体を離す。視線が重なると二人で微笑みあった。
「先生さようなら。また明日ね」
私が荷物をつかんで歩き出そうとしたとき、彼が私の腕をつかんで引き留めた。
「何? 先生」
「このくらいなら、いいかな」
カーテンが風に煽られて緩やかに動いた。私たちの髪も穏やかに揺れる。
瞬間、彼の顔が近付いて、唇を軽くふさがれた。
「先生……」
「我慢できなかった」
真っ赤な夕陽に照らされた彼のはにかんだ笑顔に、私の胸は例えようのない想いで一杯になる。
「あーもー! 先生のバカ!」
私は再び、彼の胸へ飛び込んだ。
彼はそんな私をしっかりと受けとめてくれる。
「ごめんごめん。さあ、下校時刻だよ」
そう言いながらも、彼は私を抱きしめたまま、優しく頭を撫でてくれていた。
「先生、大好き……」
「僕も実香が大好きだよ」
そしてもう一度、私たちはゆっくりと体を離す。
「今度こそ、また明日ね」
「はい、また明日。さようなら」
私は荷物を持ち直すと、真っ赤に染め上げられた秘密の空間から外へ出た。
後ろ髪を引かれる思いで廊下を歩きだす。
出逢った日から今日までずっと、他の先生や生徒に見つからないように逢瀬を重ねてきた。
明日、私はやっとこの学校を卒業する。
これからは人目を気にすることなく、先生と自由に会うことが出来るのだ。
私は何だか体が軽くなったような気がして、全速力で昇降口へと走り出していた。
*了*