恋と眼鏡
真っ赤な顔でわなわなと震えている孝利さまを無視して私からカップを受け取り、祐典さまは涼しい顔でお茶を飲んだ。

「知らないとでも思っているんですか?
叔父上がこの高遠(たかとう)の家の乗っ取りを考えていること」

カチャ、ソーサーにカップを戻した祐典さまが微笑む。
凍るように冷たく、美しい笑顔は目の奥が全く笑っていない。

「ま、また来るからな!」

足音荒く部屋を出、バン!と乱暴に孝利さまはドアを閉めた。
少しして女中の小さな悲鳴が聞こえてきたから、また誰かに八つ当たりしたのだろう。

「……はぁーっ」

ふたりっきりになった応接室、祐典さまが再び、深いため息を吐き出す。

「いい加減、諦めてくれないですかね」

カップを手に、お茶を一口。

「私はね、加代(かよ)。
高遠の家など誰かにくれてやってかまわないのです。
けれど、あの叔父に譲ることだけは嫌なんですよ」
< 5 / 30 >

この作品をシェア

pagetop