夢はダイヤモンドを駆け巡る
「あんたには俺の気持ちなんかわかるはずがない。
 小神先輩、あんた自分がどれだけ恵まれた人間なのか、自覚がないんだ。校内であんたは十分すぎるくらい有名な金持ちのお坊ちゃんだよ。だからそんなことを言えるのは金持ちだけだってことがあんたには分からないんだ。

夢を追いかけろ、夢をあきらめるな、失敗したって死ぬわけじゃない

――そんなこと、金持ちだけが口にすることを許されたきれいごとだ」

 うなるようにして吐かれた言葉。

 わたしはその時の松本くんの鬼気迫る表情に恐怖など感じなかった。ただただ、彼の主張の正しさに舌を巻くばかりだったからだ。

「野球をするのに恵まれた環境に置くためには金がかかるんだ。ナイター設備が整っていて、寮が用意されていて、身体を作るのに十分な食事が出てきて、遠方の強豪校との練習試合のために遠征をして――そういう環境があるのは金のかかる私立学校だけだ。両親は子供のために金銭面以外にもサポートが強いられる。

 でも俺は一人っ子じゃないんだ。もしも親が俺一人のサポートに注力したら、弟や妹はどうなる? そうやって一人のわがままのせいで家庭を崩壊させたアスリートは、この国にごまんといるんだ。そんなことも知らないあんたに、何がわかるっていうんだ!」

 松本くんの切実な叫び。

 わたしには小神の言っていることがよくわかる。

 でも同時に、松本くんの思いも痛いほどよくわかる。

 小神はこれまでのふるまいから十分わかるように、いわゆる「いいトコの坊ちゃん」だ。

 ナイフフォークのさばき方ひとつとっても、小神家の豊かさや教養が見て取れる。

 もちろん判断すべき根拠はそれだけではない。

 あらゆる所作や言葉遣い、腕時計などの身に着けるさりげない装身具など、やはり小神を「庶民」にカテゴライズするわけにはいかなかった。

 別にわたしは社会階級や家格、家庭教育の質で人間をカテゴライズすることを正当化するつもりはない。

 しかしそれがその人の人生を左右してしまうという事実があることは、否定することが出来ない。

 人間は決して生まれつき平等にできているわけではない。残念なことに。

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