夢はダイヤモンドを駆け巡る
第5話
答えたそばから、何事もなかったかのように生物の参考書を選び始めている。一冊手に取り、パラパラと中身を確認しながら、松本くんは尋ねた。
「本当は、生物の授業終わりに俺が先生の所に行っているのを見たから、だろ?」
「うん」
「俺、進路次第じゃ生物が二次試験にまで関わってくるかもしれないから。早めに対策しないとだめだと思って」
「そうだったんだ。大変だけど、えらいね。わたしなんてまだちゃんと進路も決まってないのに」
嘆息混じりに、高い書店の本棚を見上げる。東大・京大を頂点とする国立大学に、私立大学、外国語大学、女子大、専門学校――わたしたち高校生に提示された道は実に多岐にわたる。
就職や海外への留学も含めれば、もっと選択肢は膨らむだろう。
ここに詰まっている大学の過去問題集を見る度に、いったいわたしはどんな道を進むべきなのか、迷宮入りしてしまう。
「あれ、志望校調査の紙、始業式の日に提出しなかったのか?」
「出すことには出したけど、そこまで本気じゃないっていうか、割と適当に書いたというか」
恥ずかしながらも、正直に吐露してしまう。己の額から変な汗が湧いているのに気付いていないわけじゃない。
同い年であっても自分よりはるかに優れている人物の前ではどういうわけか先生相手にしゃべっているような気になるという、あの謎の現象が今わたしの身に起こっている。
なんでこんなに緊張してるんだ、わたし。
意外なところで自分の器のちっぽけさを思い知らされた星野かおるであった。
ふうん、と松本くんは今手にしていた参考書を棚に戻した。
彼みたいな成績優秀者には、わたしの言っていることはふざけているように聞こえるのかもしれない。そう思ったが、松本くんはこう続けた。
「将来やりたいこととか、ねえの?」
その声は、わたしのことを心配してくれているように聞こえた。いたわってくれているのはありがたいが、その問いにさえ、弱々しく首を横に振ることしかできない。
「特にないなあ。何をやっても、本気になれないの。熱しやすく・冷めやすい」
そう口にしてから、自分自身で驚いた。
と同時に、ショックだった。
普段から「何事にも本気になれない」と感じているわけではない。
なのにどうしてだろう。ふいに口から飛び出して来たことばであるのに、それはわたしの今の姿を的確に言い表している。
自分で自分のことばに傷つきながら、わたしは苦笑いを浮かべた。松本くんが、怪訝な顔つきでわたしのことを見つめていたからだ。きっと相当傷ついた表情をしてしまっていたのだろう。
我ながら、情けない。
「じゃあ、松本くんの邪魔しても悪いし、わたしこれ買って帰るね」
あわててわたしはその場から立ち去ろうと、財布と参考書を手にレジへ足を向けた。同じクラスになったばかりの人に、わたしったら重い告白をしてしまった。
「星野」
一歩二歩と足を進めたところで、松本くんが呼びとめた。足を止め、振り向く。
「あのさ、お前って……」
何か言いたいことがあったのだろうが、そこで松本くんは言い淀んだ。視線をつま先に落とし、何やら逡巡しているようだ。さっきまでと少し様子が違う。
「どうしたの?」
わたしは首を傾げた。何だか、わたしの中の松本くんのイメージとは少し違うな、と思いながら。寡黙だけれど、言うべきことはさっさと言ってしまう、そういう男の子だと思い込んでいたのだ。
「……いや、何でもない」
そこで彼は、気持ちを切り替えたかのように、顔を上げた。
「俺にはわかる。お前は、たとえ他人より時間がかかったとしても、いつかは自分の意志で自分の未来を切り開くことができる人間だってこと」
不器用に微笑みを浮かべてそう言う松本くんの姿を見た瞬間、わたしは思った。
――松本くんは、スーパー・ヒーローだと。
「本当は、生物の授業終わりに俺が先生の所に行っているのを見たから、だろ?」
「うん」
「俺、進路次第じゃ生物が二次試験にまで関わってくるかもしれないから。早めに対策しないとだめだと思って」
「そうだったんだ。大変だけど、えらいね。わたしなんてまだちゃんと進路も決まってないのに」
嘆息混じりに、高い書店の本棚を見上げる。東大・京大を頂点とする国立大学に、私立大学、外国語大学、女子大、専門学校――わたしたち高校生に提示された道は実に多岐にわたる。
就職や海外への留学も含めれば、もっと選択肢は膨らむだろう。
ここに詰まっている大学の過去問題集を見る度に、いったいわたしはどんな道を進むべきなのか、迷宮入りしてしまう。
「あれ、志望校調査の紙、始業式の日に提出しなかったのか?」
「出すことには出したけど、そこまで本気じゃないっていうか、割と適当に書いたというか」
恥ずかしながらも、正直に吐露してしまう。己の額から変な汗が湧いているのに気付いていないわけじゃない。
同い年であっても自分よりはるかに優れている人物の前ではどういうわけか先生相手にしゃべっているような気になるという、あの謎の現象が今わたしの身に起こっている。
なんでこんなに緊張してるんだ、わたし。
意外なところで自分の器のちっぽけさを思い知らされた星野かおるであった。
ふうん、と松本くんは今手にしていた参考書を棚に戻した。
彼みたいな成績優秀者には、わたしの言っていることはふざけているように聞こえるのかもしれない。そう思ったが、松本くんはこう続けた。
「将来やりたいこととか、ねえの?」
その声は、わたしのことを心配してくれているように聞こえた。いたわってくれているのはありがたいが、その問いにさえ、弱々しく首を横に振ることしかできない。
「特にないなあ。何をやっても、本気になれないの。熱しやすく・冷めやすい」
そう口にしてから、自分自身で驚いた。
と同時に、ショックだった。
普段から「何事にも本気になれない」と感じているわけではない。
なのにどうしてだろう。ふいに口から飛び出して来たことばであるのに、それはわたしの今の姿を的確に言い表している。
自分で自分のことばに傷つきながら、わたしは苦笑いを浮かべた。松本くんが、怪訝な顔つきでわたしのことを見つめていたからだ。きっと相当傷ついた表情をしてしまっていたのだろう。
我ながら、情けない。
「じゃあ、松本くんの邪魔しても悪いし、わたしこれ買って帰るね」
あわててわたしはその場から立ち去ろうと、財布と参考書を手にレジへ足を向けた。同じクラスになったばかりの人に、わたしったら重い告白をしてしまった。
「星野」
一歩二歩と足を進めたところで、松本くんが呼びとめた。足を止め、振り向く。
「あのさ、お前って……」
何か言いたいことがあったのだろうが、そこで松本くんは言い淀んだ。視線をつま先に落とし、何やら逡巡しているようだ。さっきまでと少し様子が違う。
「どうしたの?」
わたしは首を傾げた。何だか、わたしの中の松本くんのイメージとは少し違うな、と思いながら。寡黙だけれど、言うべきことはさっさと言ってしまう、そういう男の子だと思い込んでいたのだ。
「……いや、何でもない」
そこで彼は、気持ちを切り替えたかのように、顔を上げた。
「俺にはわかる。お前は、たとえ他人より時間がかかったとしても、いつかは自分の意志で自分の未来を切り開くことができる人間だってこと」
不器用に微笑みを浮かべてそう言う松本くんの姿を見た瞬間、わたしは思った。
――松本くんは、スーパー・ヒーローだと。