夢はダイヤモンドを駆け巡る
「そんなことはないよ」
松本くんは謙遜の言葉を口にする。
「いつもこの公園で素振りしてるの? どうしてここで?」
「実は半年ほど前にこの近所の一戸建てに引っ越して来たんだけど、庭が狭くて素振りが出来ないんだ。かといって家の中じゃ危ないし。ここなら誰にも迷惑をかけないだろ?」
「松本くん、この近所に住んでるんだ。知らなかった」
「学校から徒歩圏内の場所に引っ越したかったんだ」
そこまで話してから、わたしはふと手元のビニール袋に目を落とした。そういえば、まだ口にしていないアイスがあったのだ。袋の中から、アイスを一つ、手に取って松本くんへ差し出す。
「そうだ、アイスあげるよ。新発売なんだ」
「いいのか?」
「もちろん。ちょっと多めに買っちゃったから」
急にアイスが出て来たことに少々驚いたようだが、松本くんはアイスを受け取ってくれた。
二人で傍のベンチに腰掛け、アイスを味わう。ひんやりした夜の公園でアイスを食べるというのは、なかなか悪くない。ちょっと不良少女になった気分に浸れる。
「松本くんって何か夢みたいなものはある?」
ふと尋ねてみたくなってわたしは松本くんを見上げる。
互いに座っているとはいっても松本くんの身長だと自然とわたしが見上げる形になるのであって別にあざとい技に出ているわけではないですよ。
しかし、松本くんはわたしの声が聞こえたのか、聞こえなかったのか、すぐには返答しなかった。アイスを食べながら、じっと公園の生垣の向うだけをまっすぐ見据えている。
そんな状態がしばらく続き、もしこれがラジオ放送ならばとっくの昔に放送事故だと思ったその時だった。
「まだまだいろいろ考えている最中だよ。特にこれってものがあるわけじゃない」
考えた割にはこの答えかい! と思わず突っ込みを入れそうになりながら、ぐっと衝動を抑える。
実のところこれまでさんざん小神や周りから松本情報を仕入れていたせいで、きっと松本くんなら野球選手やあるいはその他華やかな世界に飛び込みたいという明確な夢があるのではないかと勝手に想像を膨らませてしまっていたのだ。
だけど当の本人の答えが「これってものがあるわけじゃない」であることには、首を傾げてしまう。いやいや、実は夢の一つや二つあるんでしょ! と。
「でも、いくつか候補はあるんじゃない? ほら、野球選手、とか」